FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:秋の雨・一年草(仮題) 2 - 未完 

--2--

 泣けてきた。嬉しいのではない。もちろん悲しいのでもない。
 なぜもっと早く、隣にいられるうちに言ってくれなかったのだろう。
 なぜ今でも好きだと言ってくれないのだろう。

 こんな自分勝手に、どう答えればいいというのか。あんなに愛した人からの手紙を、本当に捨てられると思って書いたのだろうか。そんなわけない。ずるいやり方。一年の月日だけで、私が心乱さずに平静でいられるようになっていると、どうして思えるのだろう。そんな無神経さ変わってない。

 愛情の反対語は憎悪ではなく、無視だと。言っていた人を思い出す。正確には、無視ではなく無意識だと私は思った。
 激しく思いつめた愛情が消え去るのは、それはふと、本当に何でもないふとした時に、訪れるものだ。空を見上げた拍子にとか、風が髪を吹き抜けていった時とか。いつの間にか無意識のうちに恋は終っていたと、気付かされる。開放される寂寥の時、愛情は姿を変える。無意識の意識の中で、もう、愛情ではないものにすり変わって、根付く。
 無視という意志で愛情を裏返す時、凛とした強さを心に灯さなければやり通 すことなどできない。だから私は無視を選ぶ。
 存在を認めて欲しい人を、あるいは認めてくれなかった人を無視できるなら、もともと愛情など容易い。価値すら認めずに過ごすむごさ。思えば思う程、心の膿は熱を持ってたまる。自分の記憶すら無視すべき激しさに、ため息はこぼれる。

 どんなことでも行き着く果てまでの道のりは険しいのが常だけど。こんな険しさなら、避けて通 ってもいいのにと、後戻りできない道を振り返って迷う。
 人はいつも愛情をもてあます。無視できるくらいなら、愛など簡単に食べ尽くしていただろう。

 喬を無視して私はやり過ごせるのだろうか。
 会いたい、と、何度も喉まででかかって食い止めた。

 一緒にいられた頃は、ただ一緒にいることだけを好んだ二人だった。一緒にいるのに、かもくで控えめで。喬も私も必要以上の言葉は使わなかった。でもそこにある空気はいつもとても濃くて、二人は通 じているのだと信じようと必死だった。
 普段はあんなにおしゃべりなのに、喬の前では言葉は大した役割を果たさずに溶けるだけ。  今思えば、なぜもっと話しをしなかったのか、よくわからない。実際話したいことは沢山あった。詰まるところ何も、ひとかけらとて喬は私を理解していなかったのだとも思う。もっと交わす心はあったはずだったのに。野暮になりそうな言葉を拒んだ。

 いや、ただの臆病だっただけなのかもしれない。
 スパイスで誘う刺激感は食欲をそそる。なのに度を越すと感覚を麻痺させて、わずかなさじ加減でさえ、もうそれを食べることすらできない後遺症を残す。それが怖くて刺激に怯えて、味わう感覚も忘れて。

 ただ、空気だけが澱んでいたのかもしれない。

 偶像と現実の境にさまよって、今だからわからなくなることが多いのは、なぜなんだろう。私は追憶の向こうに見失いそうな自分を見つめた。あたかも空気が澄んだ冬を待つ、秋の霞のように。


[つづく]



収納場所:2002年10月13日(日)


創作物:秋の雨・一年草(仮題) 1 

--1--  

 秋の雨は暖かい。  
 これから寒くなる備えを携えてやってくるのだから、冷たくないわけがない。なのに音も立てずに淡く湿らせていく雨を、私は暖かいと感じる。春に知った気まぐれな雨とは、また違う。秋に降るそれらは温もりに満ちている。
 思い出に依存している部分は大きい。私たちには本当によく秋が似合っていた。

 出逢った秋を思い出す。同じ季節に別れる切なさ。私はそれを少しだけ暖かいと思うのだ。

*  *  *

 秋服に納得できなくて、何度も着替え直す私に辟易したのか、喬は本屋で時間をつぶしていたほうがいいと言って、先に家を出て行ってしまった。
 前の晩から家に泊まって二人で出かけるというから、気張っていただけなのに。
 私の周りの男の人は、たいてい時間に慎重だ。待たす状況を嫌う。私はそれがわかっているから、極めてぎりぎりを好んでいる。ジャストオンタイム。望ましいスタイル。
 女を待つ時間って極上の時なのに。多分、喬は苦痛だったのだろう。実際のところ私は待たせてばかりいたし。
 でも、想いを待たされているのはいつも決まって女だと、わかっていたのだろうか。喬には。
 喬が唯一私の選択に付き合ってくれるのは、草木を選ぶ時だけだった。花の名前なんてわからないと言いながら、好きだという苗木はいつも一年草ばかり。最初にくれたプレゼントも、一年草の種だった。花束をくれた人はいたけど種だけをくれた人なんてはじめて。育てようって言いたかったのか。そんなところ、好きになった。

 一年草。
 秋に落とした種は、ひっそりと土に埋まり冬を過ごす。のんびり暖めあって春を待つ。一斉に芽を吹き出すのは、喜びを伝えあっているようだ。花をつけて、緑を萌やし、夏の太陽を浴びて、たわわな実をつける秋がくる。
 あとは静かに種となり落ちる日を迎えるだけ。役割を終える時。一年間をまっとうしていく育み。入れ替わる季節はさみし気で、誇らし気で。
 秋の雨は暖かい。
 勤めを果たした悦びと、次の季節に期待を託す希望がしずくの中に染みている。生の祈り。

「私苦しくなる。あなたといると。枯れ落ちる時を待って時を過ごしてる気分になるの」

 私から切り出した別れ。  彼は多くを語らず君の好きにすればいいとだけ言って、落ちた種を拾った。
 私は彼の頬を叩いて、そのまま去った。想いも種もめちゃくちゃにして。


*  *  *

 季節は同じように巡り、同じ秋は訪れる。1年後、喬から手紙が届いた。

 響子へ  元気ですか。また秋がしばらく胸を締めつけそうな気候です。僕はなんとかやっています。  君に伝えなければならないと思ってずっと考えがまとまらなかった。もし君が既に気持ちを整理して過去を葬ろうとしているなら、この手紙は捨てて欲しい。
 いつも時間を掛けすぎてしまう僕は、君を苛立たせていたのだと今ごろわかった。そんなところが鈍くてごめん。

 君はよく、僕をじらしたね。待っているのをわかっていて平気で待たす。でも僕はそれを怒ってはいなかったのだよ。
 君が僕といる時間、ずっと僕を想っていると伝わってくると(君は本当に正直だったから、痛いほど感じていた)そのひたむきさに、どうしていいのかわからなくなることはしばしばだった。僕は戸惑って、君の側にいることさえ落ち着かなくなってしまう気持ち、わかるだろうか。
 そうだね。意気地なしだ。僕は正直ではなかった。真っすぐに向かえないから、回り道ばかり選んだ。
 でも君を僕なりに想っていたことは知っていて欲しい。僕は君の愛情に甘えてるばかりだったけど。
 僕は寂しさを覚えた。君のいない秋はとても寂しい。君と話したい。君に会いたい。  もしよかったら連絡してほしい。よかったらで構わないから。
 もしこのまま会うことがなくても、僕は君と会えて良かったと思っている。君のくれた一年に感謝している。心からありがとう。
 また深まる季節は暮れる。体には気をつけて。では。

 喬


[つづく]


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収納場所:2002年10月05日(土)


 
 
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