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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:占い師と娘と女と
その占い師の女は、こじんまりと腰掛けて淡々と道行く悩める人々を受け入れていた。
いつから居たのだろうか。ずっと昔から街ができるもっと前から、その場所を動いていないような微動だとしない落ち着きを漂わす。
深いベールで顔を隠して表情は伺えない。ただじわじわと気迫のようなオーラを感じて。遠くから眺めただけで、視線は釘付けになる。 数秒間か数分間か、我に返って足を早めて立ち去りながら、たまらない後ろ髪を引かれて、また翌日もその場所にたたずんだ。
地球の引力のように、知らぬ間に気づかずに引き寄せられている力。偶然の巡り合わせが必然と感じる時、既に運命は動いている。
占いなど必要と感じる時はなかった。隣にいた娘が雑誌の片隅のホロスコープに一喜一憂してる姿は滑稽で、可笑しくて。でも、今日は星が三つだよと喜んで俺の運勢まで報告する笑みを見るのは好きだった。
そんな娘も占いのお告げに従ったのか、とうの昔に、誠実しか取り柄のなさそうなつまらない男と結婚していった。誠実すら持ち合わせない男など、選ぶわけもなく。
今日はめずらしく誰も待ち人がいないらしく、彼女のボックスはしんと静まり返っている。冷たい空気が痛そうで、入るのをためらって。彼女はそんな俺を見透かしたようにベールを外して、薄くさしたルージュを光らせて微笑みで迎え入れた。
「待っていたのよ。私が待っていたって気付いてたくせに。随分来るのは遅かったのね。」
圧倒される雰囲気とは対象的に、物腰はとても柔らかい。想像よりもずっと若い普通の女だった。俺のタイプではなかったけれど。
「あなたを占っていたの。」
昔からの同級生と話すみたいに気軽に言葉をかける。
水が流れ落ち、星が光る絵の描かれたタロットカードの1枚を前に置いた。
『 スター 希望 』
「希望は見いだすもの。出会いは呼び込まれて、呼び入れて立ち止まるもの。そう、今あなたがここに来たように。」
「明日も9時に来て。待っているから。」
と言って素早く道具を片付けて去って行った。
俺はやっぱりたたずんだままそこに居て、エコーのように彼女の言葉を反芻していた。
明日の9時。
勤め先の同僚の送別会は顔を出す程度で早く切り上げればいい。行く気のしなかった会から中座できる理由ができて、内心安堵が胸に広がっていた。
少し童顔な二つ年下の同僚の娘は、半年前から同じ部署に配属されてきた。ろくに仕事も覚えず、寿退社らしい。好みのタイプだったのに。
「本当はね。ドタキャンしそうなの。結婚。でも会社の人に言えなくて。」
宴会もほどなく終了間近、娘は俺の隣に来て、耳打ちする。唐揚げ食べる?って言うのと同じようなテンションで。
「本当は好きだったの。あなたみたいな人。婚約者よりも。」
けだるく俺の腕にしなだれる。
「この後さ、少しだけ約束あるんだ。すぐ終るから後で電話してよ。」
携帯番号を教えて、そのまま席を立った。
9時。約束なのかよくわからないが、とにかく占い師のもとに向かう。大事なものを取りこぼしてしまったような燻りを少しだけ感じながら。
でも、5分前には着いていたのに、もう占いの彼女はいなかった。翌日もまたその翌日も、二度とその場所で見かけることはなく。
結局、同僚からも電話はなくて、翌週の辞める最後の日、披露宴二次会には招待するから来て、と平然と言って去った。
その後、送別会の夜は俺が帰った後に、部署で一番地味な男とその娘は連れだって消えたらしい、という噂がたっていた。マリッジブルーの気まぐれだったのだと男はなぐさめられて。
俺は胸にささる寂しさに襲われて、街を歩く。人恋しく温めあう優しさに飢える心が疎ましかった。
面白く、可笑しければ良いとしか思えないでいる日常。
意味も持たず、すれ違う女たちを物色しながら誘った。ほとんど無視されるままに。立ち止まった女の人はとてもくたびれた顔をして、どこまでもつきあえるよ、と言って俺の横で歩調を合わせる。
行き慣れない道を進みながら、占いの彼女の言葉を反芻していた。
『見いだす希望と 呼び入れる出会い』
振り返れば、そこに彼女はいて、寂しげに俺を見つめる。占う様子もなく。
たばこの煙が目に染みて、瞬きをしている間に消え去ってしまう、はかない姿。
俺はかぶりを返して先を歩く。夜の街を深い道へ、くたびれた女と一緒に消えていく。
ただ今をやり過すために。
[END]
※FILL書き下ろし2002.9.27
収納場所:2002年09月27日(金)