FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:夜行歩行

 深い夜を歩いて、覇気が私に蘇る。

 辺りが暗くなるまで外に出なくなってから、随分が過ぎた。もう幾日も陽の光りの下を歩いていない。日中はひっそりと部屋の中で息を潜めて過ごして、夜の舞台を鼓舞してる。

 おそらく、この人嫌いは遺伝だろうと思っている。江戸時代から続く旧家の三代前の当主は、大変な偏屈だったらしいから。数百年を超えて受け継ぐDNA。私は正統な後継者だと誇らしく胸を張っていることは、誰も知らない。時代錯誤な空想はいつも私を和ませる。

 今年の夏は徘徊につきあう輩ができた。8歳年下のいとこ。大学生の界。今春から家に下宿している。都下にある学科に近いと言って、合格が決まってすぐに越してきた。深夜に抜け出す私の後ろを好んで着いてくる。何のことはない、ただ夜明けまで歩き回っているだけなのだけど。

「ねぇきぃちゃん。神社を廻って肝だめしをしようよ。裏山は野犬が出るって本当?」

 突拍子もないコースを選んでは、私の気を引こうとする。無謀な挑戦。25年近く住んでいるこの町、目をつむったままでも歩けるというのに。

「ねぇきぃちゃん、僕たちのご先祖様が夜行性だったって知ってるでしょ?僕らはきっとその習性を引き継いでいく使命があると思わない?」

「習性ね。ただの徘徊。そんな思いつきの前に、その幼名なんとかならない?気色悪い。名前にちゃんづけ。そんな呼び方するの、今どき界だけ」

「じゃあさ、きよみ。僕と子供をつくらない?」

 当たり前な天変地異。

 陽だまりとなって、味噌汁の匂いでその日が始まる。そんな日々か。子供をつくるなんて言うから、連なる情景が脳裏に浮かぶ。まともさに、血筋がこの代まで続く訳を納得する。

 我が血統には血の気は混ざってないらしい。この分では、誰も人を襲いそうにない。

「いいよ。じゃあ、界、あんたは働き蜂になるんだね。私と子供を食わしていかなきゃいけないからさ」

「そう、僕は夜中にきよみに癒されて、昼はせっせと働く青年。夜を受け継いでいく僕らの子供たち。輝かしい未来だ」

 ここは墓地の裏だから魂が抜かれないように、もっと二人くっつこうと言って、界は私の手を繋ぐ。この先に猫の死体が見えたから、きよみは目をつむっていてと、界はキスを盗む。子作りのチャンスは、何を理由に仕掛けるのだろうか。

 闇の彩るスリルが好き。

 私って人嫌いだったっけと思い出し、よんどころない夜に恋をする。

 血筋を絶やさぬように、私たちは今夜も歩き続ける。陽が昇るまで。それまで。


[end]

※FILL書き下ろし2002.8.20


収納場所:2002年08月20日(火)


創作物:カフェ・モカな日々

 まだ期待を捨てていないんだな、この人。
 目の前で無邪気に日常を語る男を見ながら、濃く渋いエスプレッソに口をつけて思った。

 苦い珈琲も渋いたばこも好みではなかった。数年前までは甘いモカにシナモンパウダーをふりかけ、気分がいい日はホイップまで落として。そんなものが好きな女だった。
 化粧がだんだん荒れていくように、未来への期待は薄れて。今ではただ目の前に訪れる出来事だけを受け入れて過ごしていた。
 色恋も、どうでもいい所行のひとつだったけれど、世を捨てたような私でも時には人恋しい夜もある。男はそんな隙に入り込むのが上手かったのだろう。まだすれていない少年が夢を語るような瞳で私を見つめて。ナイト気分な夜を好んだ。

「どうしてそんなに覚めた言い方をするの?」
 たまに私を叱る。親に叱られたことすら遠い記憶だというのに。無邪気とは平穏を象る。穏やかな日々に、引っかかりを探るように私は男と戯れる。

 時々こっそり私の携帯の履歴やスケジュール帳を覗いているのは知っていた。私のような女を心配し、嫉妬すら行動に移す男を不思議に思う。もの好きなんだなくらいに想像して。
 深夜を過ぎても戻らない日があった。いつもまめに連絡をしてくるのに、その日は何もなくて、夜明けまで待ったけど結局ドアは開かなかった。翌日、飲みすぎて友人宅で寝過ごしたと言い訳と花を持って帰宅する。そんなことで、言い訳など用意しなくていいのよと言ってたしなめるのに、しびれをきらして私に問う。

「僕は君の何なの?」
「何ものでもない」

 すれた返事にうなずいて、知っていたと返す。それでも変わらずに世話をやいて、私はやはりもの好きだと思う。

 ある時、こじんまりと整った顔立ちの女が訪ねてきた。彼女の言葉を要約すれば、男を返してくれとそんなこと。先週も自分の所に息を抜くように泊まっていったのだから、いい加減、諦めてと女は言った。

 この娘は何を見ているのだろう。私の形相すら目に入っていないのか。肌はあれて髪も痛んだままで、きれいに着飾っているわけでもない姿。男の人をひきつけておく魅力なんてないのに。彼が彼女を選ばない理由を私のほうが聞きたい。
 女は言いたいことだけを言いたいだけ言ったようだったのに、無反応な私に言い足りなさそうに不機嫌なまま帰った。

 その夜私も男にきいてみる。
「私はあなたの何なの?」
「何ものでもない。一緒にいる人」
 そんな答えにおかしくて私はけらけらと笑った。

「でも、ひとつだけはっきりしている。本当は教えたくないけど」
 もったいぶるようにじらして。

「君が僕に首ったけだから、僕は君といたいだけ」

 そんな期待を胸いっぱいに詰め込んだ男と、今夜も温めあって。夜通し優越に浸りつくす。愛ってそんなものだと、クールに思い込む。

 苦い珈琲を好みではないのに飲み干すように。裏腹な欲望は忍びあう。

 明け方に熱いカップを手渡す男。モカの味を思い出した?と皮肉を言って。私は甘さをたしなんで。


[end]

※FILL書き下ろし2002.8.11

収納場所:2002年08月12日(月)


創作物:カフェ・スト−リ−

 駅前にできたアメリカ製のコーヒーショップに、娘の由香はいつも通っていると妻が話していた。一杯500円くらいの珈琲なんて、早く帰ってきて家で飲めばいいのに、とこぼす。会社勤めを始めて1年半、すっかり由香は家にいつかなくなった。一人娘だから何かとさみしいのだろう。母親だからな。

 いつもの帰り道、今までは通りすぎていただけの話題の珈琲屋を覗いてみる。ほどよく人が行き交う風景は、私らのいくような雑居ビルの谷間の喫茶店とは違う。モダンで粋な空間。由香くらいの娘には少し大人びているようにも思える雰囲気。
 奥の隅の席にパラパラと雑誌をめくって。暇そうにしている娘。あんなふうなら家に帰れという妻の愚痴もわからなくもない。
 声をかけようと人に分け入ろうとした時、由香の表情が瞬間変わった。背の高い若い店員が隣のテーブルのセットアップに立ち回っている。娘は彼に気づかれないぎりぎりの視線に焦点を当てて。甘い空気をこっそり漂わせた。とろける瞳のままに。

 映画のワンシーンのような情景。昔、妻と見たハリウッドのラブストーリーを思い出した。ふと沸き立った日常の隙間に、心を波立たせる落とし穴。禁断を覗いてしまった気分とは、父親も思うものだったのか。

 由香は私に気づいて、何事もなかったように父親用の無邪気な笑みに変わった。

「パパがこんな店、入ると思わなかった。ママとけんかでもした?」
「おまえの帰りが遅いって心配してるぞ」
「もう子供じゃないのよ。パパ、何飲むの?アメリカン?そんなおじさんぽいのはこういうとこにはないからね」

 早口にまくしたて、エスプレッソにしようかと勝手に選択してカウンターに向かう。手慣れたそぶりでオーダーをすませて、ここは私のおごりと言って席に戻った。ラズベリースコーンはママへのお土産用と用意周到に。

 友達の後ろでもぞもぞとしているばかりだった中学生の頃。あれから何年たったのか。娘の選んだガテマラ産の深いローストはほどよい苦みを舌に残す。
 巣立つ日も遠くないのかもしれない。寂寥にまで心を奪われて。あどけないままの笑顔は、父親には幼いままの姿だというのに。

 ごったな人生を飲み込んで、空間を彩り点在するカフェ。今夜私は、娘の成長を垣間見て、すたれずに感覚は苦みと混ざる。そろそろ、次の曲がり角を曲がる時期なのだろうか。

 口寂しさに、セブンスターの紙パックを出した。
「もう、わかってないなパパ。こういうとこで煙草吸うのは今どき格好よくないの」
 と、つかさず横やりをいれられた。

 煙草の煙すら邪道になる場所か。娘の恋路を覗く父親のようだ。と苦笑いをもらす。

 シアトル系だというそのスタイル。スリーショットカップの珈琲を飲み干すほどに、私の細胞にも馴染んでいった。


[end]

※某所に提供(できるよう奮闘中) 2002.8.10

収納場所:2002年08月11日(日)


 
 
  フィル/ フロム・ジ・イノセント・ラブレター  
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