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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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フォアモーメントオブムーン
創作物:フォアモーメントオブムーン
二人は一糸とて、まともに伴なっていない繋がり。頼りなく心もとない、つたない関係。それでも、結びつき信じあう。
「ほんの一瞬すれ違っただけ。まばたいた瞬間にだけ立ち止まった人。たったそれだけなのだと、惜しまないで。出会いの価値って知ってる?ねぇ、アキラ。そこにあった感覚を歓びあえることなのよ。
同じ時間を過ごし、同じ想いを分かち合う。地球上でこの瞬間を共有できたのは、私たち二人しかいない。二人だけの密度を感じあえた必然。記憶にとどまる濃さよりも、心に刻まれた沸点は、高く尊く貴重で、切ない。
出会いってそうゆうものなのよ。どんな時も、どんな物にも」
響子は長い髪を垂らして、アキラをたしなめる。少し大人びた口調で恋を説く。そんなに色恋に長けてきたというのだろうか。アキラは経験に嫉妬した。
二人には時間がなかった。不治の病に冒されているように、国外逃亡を企てているように。響子は明日結婚するのだ。遠い南の島で富豪の妻となってアキラの世界から消えていく。成す術もない。
何もかもが凝縮に堪能されていく。紡ぎあう時も、語り合う言葉も、感じ会う心も、伝えあう熱も。二人はたった今知り会って、たった今愛しあう。空に降る星屑のように。
透き通った響子の体が月明かりに照らされて眩しかった。幻想のように揺れて脳を刺激する。もしかしたら、明日彼女がドレスに身を包む頃は、もう、すべては絵空事に変わっているのかもしれない。
そんな現実が許せなくて、アキラは響子の肩をかんだ。歯形は薄い赤い跡を残す。
「歯をたてるのは、女の子の特権。奪った男は罪を背負って朝を迎えるのよ」
響子は月に横顔を映して告げる。
罪ならもう、とうの昔に犯しているじゃないか。アキラは意味も無く途方に暮れる気持ちがわかった。
まだ、朝は遠いだろうと月に祈る。いつまでも、どこまでも、明けない夜を願ったことなど始めてだった。
響子の体を引き寄せて、頬をよせて抱き締める。響子の涙がアキラのそれと混ざって頬に染み込んだ。
結びつき信じあう。たった一瞬の成就。
もう一度、ぎゅっと抱き締める。全ての水分を移しかえる程に、きつく、つたなく。心を洗う程に、深く、力強く。ずっとずっと。抱き締めたままに月明かりに浸って、長い夜はまだこれからなのだと誓った。
FOR A MOMENT OF MOON.
※2002.5.20 FILL 書き下ろし
収納場所:2002年05月20日(月)