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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:そよそよ よそ着
それは、10年以上前に街を飾っていたコピー。私には、今もなお風化せずに新鮮に響く言葉だ。
* * * * * * * * * * *
久美は、JRのコンコースを抜けて、雑踏の地上に這いあがった。壁面に貼られた全版のポスターに目を奪われて、一瞬足を止める。彼女の心を映し出しているような、淡いセンテンスに顔をほんのり赤く染めた。
『そよそよ、よそ着』
はにかんで遠くを見つめる金髪の少女。そよそよと、そよ風にワンピースが揺れている。コピーはあっさりと白ぬきの文字で、ピアノの伴奏のように絵を奏でていた。西口デパートの春服宣伝用のポスターだった。
その日、久美が選んだスタイルは、紺のパンツに白いカットシャツ。今ごろ家のベッドの上は、選択にもれた哀れな服たちがひしめき合って噂しているだろう。今日のデートの成果について。選ばれた服の役目は責任重大だ。
「あの、フリル付きのにすれば良かったかな」
少しだけ悔やんだ。だってポスターの少女は、本当に幸せをめいっぱいつめ込んだ笑みを浮かべていたから。これから逢う人との幸福な時を想って。
男の子は、こんな女の子の表情にきっとイチコロ。そう思うと、自分の服の選択がどうにも失敗な気がして足が重くなった。かわいいスカートやワンピースを着て男の子と楽しそうに歩く女の子ばかりに目が行った。自分はかわいくないよ、全然。
待ち合わせ時間はもう15分も遅れていた。最後にバッグが気に入らなくて、玄関で中身をひっくり返して詰替えていた分の時間だ。
案の定、透は少し機嫌が悪かった。あまり人ごみが好きではないから余計に。
久美は小さく誤って、今日の映画のレビューが載っている雑誌を見せた。彼が気に入っている、イタリアの新鋭監督の新作。先週から始まって人気は上々で、コメンテーターはそそるように内容を解説していた。
その通りに映画は上出来な仕上がりだった。透の機嫌もエンディングスクロールの頃には、すっかり良くなった。
いつになく透は饒舌に感想を話す。その姿が愛おしくて、思わずキスしたい衝動にかられた。あまりに唇ばかりを眺めていたので、本当に食べたくなって、仕方なくカフェモカを啜ってごまかす。
無口な男の子の無邪気なおしゃべりは女の子のキスを誘う。饒舌な唇は、男が奪うものだけとは限らない。透はそんな久美の気持ちなど気にも止めず、ようやくおしゃべりに疲れて時を戻した。
「おい、めし、どうする?」
もう6時を過ぎていた。午後の会が終わってから2時間以上もおしゃべりに過したのか。あっという間に過ぎる時間は惜しくて、夕焼けを見るように切なくなった。
「パスタでいいか。前に行った、あの店にする?」
本当は久美が作ったそれを食べたいくせに、そんな時は本心を言わない。
「いいよ。今日はシーチキントマトソース。茄子と生バジルを入れてゴ−ジャスにしよう」
彼女の機転に透ははにかんで笑い、久美は腕をからめてじゃれた。彼のアパートに行く時のお決まりのシチュエーション。
アパートへ向う道、またあのポスターに出会う。少女はずっと同じ瞳で遠い人を想って光の注ぐ窓の先を見つめている。
「ねぇ、こんなふうな子ってどう?」
「こんなってどんな?」
「こういうかわいいワンピを着た、幸せそうな子」
「ははははは」
透は思わず吹き出した。という感じに笑った。
「なによ、突然」
久美は少しムッとして透を覗きこむ。
「だってこの子、今日の久美と同じ顔してる。でも僕はこのワンピースよりも、その白いシャツのほうがずっと久美らしくていいって思うけど」
久美は頬を紅潮させて、腕を軽くつねった。
「なんだよ、ほめたのにこれかよ」
言葉とは裏腹に、夜になりたての薄い空をあおいで微笑んだ。
日が落ちても南風は暖かく、街をさわやかに横切っていく。大きめにカットされた白い襟はそよぐ。そのシャツは久美の“よそ着”の中で、一番のお気に入りになった。
選択に勝利した土産話を胸に、明日クローゼットに報告しようと決めた。大成功な極上の時を。
『そよそよ、よそ着』
女の子の恋心はいつもそよ風。春の街は歓びに溢れていた。
※2002.4.29 FILL 書き下ろし
* * * * * * * * * * *
誰がつくったかも、今やわからない販促のためのコピ−。
クリエイターの絶妙な仕事に私は感嘆のため息をこぼす。
街は感動の宝庫。出会いをみつけに、また歩こうか今日も。外は春だから。
収納場所:2002年04月29日(月)