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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:桜道はweb坂の列車で(1)
今日、久しぶりに街を歩いた。
正確に言えば、いつも歩いている街なのだけれど、そこが街であるという実感を久しぶりに思い出しながら、私はアスファルトを踏み締めていた。
冬眠から覚めた大熊が眩しい日ざしに目をしごいて太陽に手をふりかざしているように。17才の誕生日を迎えた人形姫がはじめて海上に顔を出し、その明るさに歓喜するように。新芽が芽吹きはじめた並木の小道を歩いた。
例年より、幾日か早い桜の開花宣言が発表された翌日のことだった。
街はカップルで溢れかえっていた。
網タイツにブランドバッグを持った女の背中には、黒いジャケットを着て革靴で歩く男の手が添えられているし。スパンクホール模様のジーンズを履いた女の子には、レゲェ風の編み込み帽とお揃い柄のバッグをたすき掛けにする男の子の手がぎゅっと握られている。グレーのコートに身を包み、白い大きな花粉防止マスクをつけた彼女の傍らには、同じようなスタイルで目を赤くさせた男の子が、彼もまたマスクをして肩を抱き寄せあって歩いていた。
私は思わず吹き出しそうになる。何もそこまで一緒じゃなくても良いのにと。笑いをこらえきれなくなる前に、足早にそこから遠のいた。
何故に人の組み合わせはこうも、狂うことなくきちんと噛合った相手と出会わせるのだろう。私はそんな不思議を思う。
行き交うカップルの顔ぶれは、誰もが皆その男女の様子が似通っていた。服装や雰囲気などは当然。歩き方や仕草、顔つきまで連れそう二人はよく似て見えた。道路の両側を見比べただけでも、一個人レベルでは、世代や生活感が同じそうな人はそんなにはいない。それなのに、連れて歩く相手は同じパターンに決まってはまっている。まるで、世の中のすべてがペアでなければ動いていないような、そんな錯覚さえ覚えるほどにカップルの同意性は不可思議な謎で迫った。
暁と私は、どんな組み合わせになるのだろう。
その時私は、ちぐはぐな靴をはいた千鳥足のごとくたどたどしい足取りで、暁のとなりを歩いている気がしてならない。それでも並んで歩む姿は街と馴染んでいられるだろうか。
去年のこの頃、私の下には深い眠りが訪れていたのだと思い出す。
長雨の影響で、例年になく桜の開花時間が長かった。「都会では3週間目の週末までお花見が楽しめるだろう」と、満面の笑みでニュースキャスターは告げた。それでも私には、その年桜を見にいく気力はおきないだろうと、花冷えに心を震わせていた。
恋人が私から去った春だった。
そこから2つ目の季節が過ぎて、暁は私の心にふいに舞い降りてきた。私は思いのほか長い時間、眠りについていたのだと気付く。でも決して、目覚めたと思ったわけではなかったのだけれど…。
暁の存在は、私にはもてあます時を埋める遊技だったのかもしれない。もしくは、膿んだ傷を塞ぐかさぶただったのか。
私たちは互いのチャンスを存分に活かしあった。他の場合にするのと同じように、当たり前の出逢いを謳歌した。
交流を深めるごとに欲望を徐々に満たし、そのバランスを保つわずかなすれ違いを積み重ねて時を過し、親睦を交わした。
そう、それまでの出逢いとなんら変わりは無かった。ただひとつ、暁と私はまだ顔をあわせたこともなく、声を聞いたことすらなかった事実を除いては…。
※初出 2002.4.5「さと本」より「あなたと出逢えた空間に」を加筆。
収納場所:2002年03月20日(水)