思いつき日記



ライブ

2004年03月28日(日)

久々に、「父の闘病日記」ではない。(笑)

父の入院から、早3週間が過ぎようとしている。
23日(火)に気管切開をし、人工呼吸器が喉についた父は
ほんの少しだけど、体力が回復してきているようで。

わたしは、去年から待ちに待ったライブの当日になってしまった。
そんな父をほっといてライブに行くのは胸が痛んだが、
なにせ、1人で行く予定だったので当然チケットも1枚しかなく。
人に譲ろうにも、難しかったし、自分がどうしても行きたかった所為もあるので
思い切ってライブに参加してみた。

案の定、すばらしいライブで、行って良かった。
帰ってから、病院に行って、父の消灯時間にも間に合ったし。

ただ。もう一度みたいと言う願いは叶わないだろうな。
父が元気やったら、東京の最終日を見に行こうかなって
策を練ってたけど、さすがにそれはできない。だろう。

あ〜ぁ。父が入院する前に、他の土地にいっときゃよかった。(爆)


気管切開

2004年03月18日(木)

気管切開するらしい。
来週に。

今は口から管をつっこみ酸素を送っている。
この方法はしんどいらしい。
だからかも知れないが体力消耗したように(実際してるし)
気管切開したほうが楽らしい。

早く楽にしてあげてほしい。と思う。



2004年03月16日(火)

今日の父は熱があったらしい。

行くと、「寒い」とゼスチャーした。
肩口が出てたから、寒かったらしい。
両手に点滴など、口には人工呼吸器でつながれ
自分では何一つできないから、なにかかぶせて欲しいと。

昨日も37.2度あったので、たぶん熱があるんだろうなと。
看護士が測りにきて、脇に挟んだままなかなかこなかったので
体温計を覗いたら38.3度あった。
寒いわけです。

熱のせいか、悪くなっているように見えて心配だ。


回復?

2004年03月15日(月)

回復して来てる。
昨日か、おとといに聞いた。

でも。
昨日と同じ気がする。
昨日より、少し悪い気もする。

熱があった。37.2度。微熱。
この微熱は何を意味するんだろう。

明日で2週間目に突入する。
非常に長い1週間だった。

「一進一退やね・・・・」
と。看護士が母に言ったらしい。

人工呼吸器が苦しそうで。
はやくはずしてあげたい。
自分で呼吸ができるって事はすばらしいことらしい。
いままで知らなかった。


弱気

2004年03月13日(土)

に、なってきてるみたいだ。
さすがに、人工呼吸器なんかをつけられたら
死を意識し始めたのだろうか?

今日の昼過ぎの時点では、
看護士の話では回復してるようで酸素の量を減らしたとか。

私は仕事だったため夜に行った。
寝ていたのに起こしてしまって、
しかも、起こしてしまった為か、咳が出て、
痰が絡み、看護士に吸引してもらった。

その数分が、数時間にも感じられるほど
辛かった。

ものすごい音で吸引されている父は、私達家族より辛いだろうのに。

それが終わり、少し話し(父は話せないが。)
ゼスチャーで「注射で眠いので帰ってくれてかまわない」と
語っている父は少し弱気だった。

いま、父には安静が必要のようだ。
でも、不安になってる父を放置も出来ない。
はやく良くなってもらいたいものだ。


COPD?

2004年03月12日(金)

って病気に、プラス感染症で肺炎併発しているとか。

今日、人工呼吸器がつけられた。
突然の決定。
母と叔母が、「明日にも息子(弟)が帰ってくるので1日でも待てないか?」と言ったのに、
「今すぐつける!!!」と言う事だったらしい。
人工呼吸器をつけたら、喋れないらしい。
弟は、もうすぐ新大阪につくのに。

入院してから、ほんの少ししか経ってないのに。


入院

2004年03月11日(木)

父が入院した。
3/9のことだ。

ここのところずっと身体の調子が悪いのに、
医者にも行かず家でゴロゴロしてた。

調子が悪いというのも、少し動いただけで息切れしてしまう。
(100M走が終わった後のように。)

いつもは起きるのに9日の朝は起きてこなかった。
母と、様子を見に行くと、ベットに寝たまま呼吸困難っぽくなってた。
母と2人で、父に「救急車呼ぼうか?」などと話しかけたが
返事なし。私達は、父が起きていると思っていた。

あまりに呼吸が落ち着かないので、呼ぶことにして
救急車で救急救命センターに搬送された。
母が付き添い、私はあとから車で駆けつけた。

ICUに入れられ、そこの先生の話では、肺が悪く、その上、重度の貧血で
心臓に負担がかかり、息切れしたようになってたらしい。
貧血に関して言えば、赤血球が人の1/3程度しかないとの事。
このご時世、輸血は避けたいが避けられない状態という事で。

昨日、救急救命センターから他の病院に転院した。

そして今日。
母に話があったらしい。
「最悪の状態で、呼吸不全を起こすといつなんどき・・・・」らしい。

父は、知らない。
私も母も信じていない。
医者が大げさなだけだろうと。

でも、万が一は考えておかないといけないらしい。


それなりに

2004年03月06日(土)

なんのへんてつもなく過ごしてる。

平々凡々の毎日。
いい事もなければ、悪い事も特になく。

ま、しいて言うのなら、大好きな呑み会が、
私の嫌いな牛タン屋サンだったぐらいかな。(笑)
牛タン以外は非常においしく食し、呑んだけど。

ま、そんなこんなで
のんびり過ごしてる。

 ←★← 過去  いんでっくす  未来 →☆→


☆★☆M ★☆★e-mail☆★☆

My追加