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2003年12月21日(日) ■ |
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そこまでやります、田中安田市 |
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学生さんは、もうほとんど冬休みですねぇ。
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学生の常とはいえ、長期休暇という名のお楽しみ前には、必ず苦難の山がやってくる。 もちろん、学生にはそれ以外にも苦難はあるが。
我らが二年三組も、冬休み前の成績発表と言う最終試練の只中である。 期末テストの結果に討ち死に・玉砕した生徒の悲鳴が響く一方で、安堵のため息をつく生徒もおり、教室の中はまさに悲喜こもごも。 なお、結果を受け取るなり「・・・爪が」と謎の呟きを残して倒れ、そのまま保健室送りとなったのは、期待を裏切らない小林であった。
「うひゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・」
座席に戻って受け取った期末の成績表を覗き込んだ後、そんな長い前振りだけで無反応のマネキンと化した友人に佐藤少年は思わず瞬いた。 「・・・・・・で、上がったのか下がったのか、どっちなんだ?」 「選択授業のレポートがさぁーーーーーーーーーーーー・・・」 「だからどっちだ」 「見る?」
言うなり、山本は相手の返事を待たず、手元の用紙をためらいなくひらりとひっくり返す。 突然の行動にぎょっとしながらも、好奇心にかられて晒された文面を覗き込んだ佐藤。 「・・・相変わらずの波乱万丈な成績だな」 「まぁね、えっへん」 「褒めてねぇ」
一ケタ台の科目から水平線(赤点)ギリギリを突っ走る科目まで、品揃え豊富に各種取り揃えております、な結果一覧は、山本の特徴であった。 つくづくと感心しながら、ちらと目を上げる。 「で、レポートがなんだって?」 「あーーこれこれ。一桁台取れるなんて思わなかったなーーーーーってさーーー、あーびっくりした」 「へえ・・・マーケティングか。どんなレポートだったんだ?」 「『消費者心理に影響を与える色とPOP文字についての実践考察』っていうレポートなんだけどねーー」 「・・・・・・お前の強みだな」 「えっへっへーーー?」
照れ笑いを浮かべながら、友人のため息に首を傾げる山本。 (趣味でこれだけ働きまくってる高校生なんて、滅多にいるもんじゃねぇだろうな。芸は身を助けるとでも言うか・・・) という佐藤の思いを理解できる日など、彼にはきっと来ないだろう。
「でさーー佐藤君のは?」 「俺のは普通だって。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見るか?」 「わーーーーい」 (・・・ここんとこ、連敗中だな。そういえば) 期待に満ちたまなざしに今日もまた敗北し、佐藤は自分の成績表を山本の前に差し出す。 生真面目な性格を反映する成績表を眺め、山本はうーーーんと唸った。
「やっぱり佐藤君って堅実だよねぇ・・・ちょっと落ちてるのは美術くらいで」 「・・・放っとけ」 痛いところを突かれて、佐藤は机に突っ伏した。 美術の担任が最近デッサンにハマってしまっていたため、本人の意図するところなく前衛気味抽象画専門の佐藤にとって、頭の痛い今期の授業内容であった。 「デッサンが下手でも生きていける」 思わず呟き、目の前でヒラヒラしている成績表を敵のように睨みつける。 そんな佐藤の肩をポンと叩き、唐突に会話に加わる幼馴染みは相変わらず不用意な一言を吐いた。 「佐藤、自棄になるな。お前はコンクール入賞経験があるじゃないか」 「鈴木・・・てめぇ、人の古傷えぐって楽しいか、ええ?」
『走る』と題された絵が、躍動的な牛と高く評価されてコンクールで入賞した過去は、佐藤少年にとってはささやかなトラウマである。 写生遠足先の馬の牧場で描いたものについてのコメントがそれでは、当然かもしれない。 ちなみに、受賞作品の展示会場で評価コメントを読んで、審査員に殴り込みの勢いで賞の撤回を要求しようとした佐藤を担任共々無理やり制止したのは、 「そうか、すまなかった」 相変わらずの読めない表情で頷くこの鈴木であった。 「そういうお前はどうなんだ」 「変わり映えはしないが」 淡々と差し出された成績表を、佐藤山本が二人して覗き込む。
「・・・相変わらず、乱高下の激しい成績だな」 「まあな、えへん」 「ぜんっぜん褒めてねぇ。ていうか、山本をまねるな、しかも無表情で」 「あはははは、鈴木クンまねっこーーーーーー」 やーい、とはやし立てる山本の声を聞きつつ、佐藤はこめかみを押さえた。 鈴木の成績表には、中庸と言うものが存在しない。あるとすれば、体育くらいだろう。 つまり、学年のトップクラスか最下層かのいずれか。 今回はたまたま赤点は免れたようだが、この思い切りの良さはどうしたものか。
「うーーーん潔いよねーーーー、鈴木クンかっこいーーーーーーーー」
いや、カッコ良いかどうかはともかく。 「つくづくと、公式とかの暗記ものと模写以外はダメなんだなお前・・・」 「創造性というものに欠けるんだろうな」 「そこで完結してんじゃねぇ」 自覚があるのはひとまず良しとして、そこから向上を目指していってもらいたいものであるのだが・・・自分のデッサンを引き合いに出される可能性もあるので、佐藤はそれについての言及を避けた。 「その記憶力の良さを、日常生活でも発揮してもらいた・・・、・・・・・」 「佐藤クンてば何を見なかったことにしてんのーー?」 「選択授業がどうした佐藤」 いつものように嫌なところで目ざとい二人である。 係わり合いになるべきではない、という直感にしたがって、それを見なかったことにしたかった佐藤だが、同時に好奇心も否定できず・・・ため息と共に疑問を吐き出した。 「どうした、ってお前・・・なんなんだコレ」
佐藤が指差す先に書いてあったのは、
新生物、無語
という二つの単語だった。 『新生物』はさておき、『無語』とは一体・・・。 「科目だな」 「どんなだ」
ためらいなく、しれっと答えた鈴木に思わず肩を落とす。 「うむ、新生物とは『新種生物解説』と言って・・・」 「ちょっと待て、生物の延長じゃねぇのか?」 佐藤の投げかけた疑問に、鈴木は不思議そうに ―― いつもの通り無表情だが ―― 瞬く。 「生物は生物だろう? ただ単に、在来種ではないだけで」 「そりゃ・・・」
間違いではないかもしれない。 だが・・・。 何を指しての在来だ。
非常にナチュラルな一言に説得されかかって口ごもり突っ込み損ねているうちに、話題は次へと移っていく。
「それで、無語とは・・・」 「いや ――」 言わなくて良いと言いかけた佐藤は、 「それ『無声語学応用』だよーーーー」 山本に機先を制されて「うっ」と黙り込んだ。
「・・・むせいごがく?」 「うん、言葉の通じないどんなヒトが相手でも意思疎通を図ろうっていう授業でさーー身振り手振りのあれってジェスチャーって言ったっけね?とかそーゆーので会話する技術を磨くんだよね」 「・・・・・・」
いくら、異世界人が自然に生活しているこの街であろうとも。私学とはいえ学校の正規の選択授業の科目として、それはアリなのか。実生活で使える内容なのか。 そもそも、どんなヒトでも、とは、どこまでが範疇なのか。
「・・・・・そういえば、よく知ってるな。山本」 「だって、僕も一年の時に取ってたもんねー」 「そうか、山本も取っていたのか。今、一人テレパスがいて、そいつにはどうしても敵わない」 「あーーーあれってずるいよねーー。ずるいって言ってもしかたないんだけどさーー」 「そうだな、能力を封じれば勝てるが」 「あはははははは、それもずるいと思うよーーー」 「ふむ、そうだな」 「そういえばさーー今の仕事(ツアコン)にすんごい役立ってるんだーーーーーー。佐藤君も来年取ってみたら?」 「取るか!」
思わずガックリと机に突っ伏し、佐藤は一人、慣れ親しんだ母校への疑問を深めていた。
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