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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2003年01月19日(日)
「学園祭」編(高二)  その5 <舞台裏と我等が小人>

 さて、その頃舞台裏では、
「まったくもう・・・手間のかかる白雪姫なんだから。
 往生際悪いったらないわね」

 つい先ほど、白雪姫を舞台に蹴り出した「王子」が、腰に手を当てて劇の成り行きを見守っている。
 が・・・なにやら、舞台裏があわただしい。
 あれこれと声を潜めて指示を飛ばす裏方の一人に、高橋女史は不安げに尋ねた。
「まだ見つからないの?」
「出番が近いから近くにいるとは思うんだが・・・」
「アレだけは、絶対に舞台に上げちゃダメよ?! これ以上、わけのわかんない劇になって収拾つかなくなるなんてゴメンだわ」
「まさか、佐藤があそこまで化けるなんて思わなかったからなぁ・・・」
「あれはちょっと、計算外っていうか予想以上だったわね。佐藤君が『ヒロイン』だったから、あのロクでなしでも狩人の役をさせたんだけど」
 高橋女史と舞台担当の間で交わされる謎の会話。
 しかし、二人とも表情はいたって深刻である。
「このままじゃ、舞台の上で見境なく白雪姫を口説きそうだもんなぁ」
「ホンットに・・・あのロクでもない副担任。何が『愛の狩人』だか・・・!」
 こめかみを押さえる高橋女史。

 確かに、端役が突然ヒロインを口説きはじめても周りは困るだろう。
 しかも『ヒロイン』が今回のような場合は特に。

 そんな真剣な話し合いの最中、
「狩人、発見しましたー!」
 という報告が飛び込むと、女史はようやく大きく息をついた。
「しっかり縛ったうえに、さるぐつわ噛ませておいてちょうだい」
「おいおい、じゃ『狩人』はどうするんだ」
「そうねぇ、今更の話だからシナリオ変えましょ。・・・はい、これ。山本君に渡して」
 一瞬あっけにとられた舞台担当だったが、頷いて委員長の指示書を受け取る。
「私は、小人の出番以降の進行が早くなったって伝えてくるから、山本君のほう頼むわね。
 あっ! 鈴木君、そのへんのものに触らないでくれる?!」
 足早にナレーションの元へと急ぐ舞台担当を視界の端に捉える高橋女史は、舞台から一端退いた鈴木の動きを牽制しながら次の手配に忙しい。
 舞台に出ない間も、「王子」は八面六臂の活躍であった。


−−−−−−−−−−


「さて、おきさきサマの『ワルダクミ』に気付いたお城の人に逃がしてもらった白雪姫は、森へと逃げ込みました。
 えーと、本当ならここで狩人登場〜ってことになるんですけど、ちょっと事情でお城の狩人がクビになっちゃってー」

 観客たちからは、またドッと笑いが起きる。
 が、舞台裏でこんな深刻なやりとりが交わされた結果のシナリオだとは、夢にも思うまい。
 イマイチ事情を知らない佐藤も、やや訝しげな面持ちながら、ナレーション(の指示)通りに演技を続行する。
 舞台のセットは『森の中』へと変わった。

「森の中で迷った白雪姫は、やがて小さな一軒家を見つけまーす。
 ノックしても誰も出てきませんが、疲れきっていた白雪姫は小屋の中のちーさなベッドで眠ってしまいましたー。
 家宅不法侵入ですけどー、まぁ童話だし白雪姫のすることなのでオールオッケイてことで!
 これがおきさきサマだったら、なにふざけてんだーとか言われるところかもー。可愛いっていいよねー!」

(いいのかよ、オイ。ていうか、可愛いっての勘弁してくれ・・・)
 舞台セットに横になりつつ、白雪姫=佐藤は内心で疲れたように呟く。
 本当に口に出さないあたりが、鈴木との決定的な違いだろう。
(さてと、ここからがまた難関だな・・・。この劇の小人がまた・・・)
 佐藤は、溜め息混じりでナレーションを聞きつつタイミングを計る。

「白雪姫がグッスリと眠っている間に、小屋のあるじが帰ってきましたー。
 働き者の小人でー、いつも森の中に働きに出てまーす。
 今日も一日働いて帰ってきたところー、小屋の中に知らない女の子が寝ててビックリー!
 ・・・なんだけど。えーっ、小人まだステージに出てないのー?!」

 そう、どんどん進むナレーションに対して、小人本人はまだ影も形も見当たらない。
 どうした、何をしている小人。

「しょーがないなーもー。
 ちょっとシャイなのが玉にきずの人見知り屋さんが、ウチの小人でーす!」

 こびとー、こびとやーい!
 ナレーションが名を連呼していると、こそこそと動く影がセットの隅をよぎった。

「あ、小人はっけーん!
 ライトさーん、小屋裏の木の陰照らしてーっ」

 目ざといナレーションの指示に従い、ライトが照らした先には・・・。
「・・・なんで家に戻るのに、そんな物影に隠れながら帰ってくるかなぁー。まぁウチの小人らしいけどー。
 あはははは、逃げちゃダメだよーこびとさーん」
 ビクッと身を竦ませ逃げようとして、ナレーションに先手を打たれた『森の小人』小林の姿があった。

 陽気で朗らか、遠慮会釈ない突っ込みの嵐なナレーション=鏡の精。
 ぞんざいで表情と執着に乏しく、暇つぶしに白雪姫の暗殺を企てる継母。
 そして、超絶人見知りな森の小人・・・。

 かつて、このような『白雪姫』があっただろうか。
 佐藤はめまいを覚えながら、一刻も早く舞台から降りることだけを願い続けていた。

 (まだまだ続く)