| 2006年08月07日(月) |
「はんぶんわけてほしい」 |
京都の日本画家、大沼憲昭さんの絵を久しぶりに見た。 日本画としてではない。新聞の挿絵である。 フネに盛られたたこ焼きに楊枝を持った手が伸びている絵。 題は「はんぶんわけてほしい」。 おもわず、口がほころんで、ええやんかこれ、と思った。
もう15年程昔になるけれど、ぼくがまだお酒を飲んでいた頃、よく河原町三条を下がってちょっと東に入ったところにあったバァ「リラ亭」でよく一緒に飲んでいた。
しばらくして、大沼さんは鯉の絵で京都新聞大賞を受賞された。 それからしばらくしてぼくが完全にお酒を止めてから、あまりお会いできなくなった。 そのままぼくはお酒を一滴も飲まずに暮らしている。
不遜ながら、ぼくには大好きなアメリカの作家レイモンド・カーヴァーと同じ経験がある。 その経験について「酒を止めたことが人生で最大の出来事だった」とレイは語っている。 ぼくもまったく同感だ。
レイの再スタートは1977年6月2日である。 ぼくが一生忘れない日は1994年5月7日である。
飲まなければできないというつきあいを捨てて、ぼくは全くの一人になった。 飲まなくなってから、その時間が詩や文章を書く時間になった。
大沼さんは絵を描いている。だから飲もうが飲むまいが彼の流儀である。 ぼくは酒を飲んだら死ぬ。書くことができない。だから飲まずに書く。
ぼくと大沼さんのベクトルは同じである。
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