昨晩、NHK.BS−HighVisionのハイヴィジョン特集で柳澤桂子さんのインタヴュー番組を見ていました。
柳澤さんは般若心経の現代語(詩)訳・「生きて死ぬ智慧」がベストセラーとなり、多くの人にその思索が知られるようになりました。 主に同書と「いのちの日記」「癒されて生きる」の三作で柳澤さんの思索の足跡を知ることが出来ると思います。
原因不明の病と闘うこと30年、いや激痛に耐えること30年といったほうがいいでしょう。ようやく病名に行き着き、劇的な薬との出会いがあって現在では症状は改善されました。 しかしながら、その間の肉体的な痛みはもちろんのこと、原因不明故に医師や周囲のものから受けた不信の眼差しと心ない言葉の数々による精神的な傷は相当のものであったと想像します。 そうして、そのような痛みをまともにひき受けながら考え抜いた故に、柳澤さんの「苦」に関しての言葉のひとつひとつは、多くの人に受け入れられたのだろうし、多くの人を救う力を持っているのだと思います。
ぼくはかつて「癒されて生きる」を熱心に読みました。今回の放映に併せて本棚から引っ張り出してみると、いくつかのページに「ウサギの耳」ができていて、それはジブラーンの詩であったり、マザー・テレサの言葉であったり、エックハルトの言葉であったりしました。 彼、彼女たちの言葉はけっして優しいものではありません。決然としていて厳しく自らに向かっています。 そして「苦」を克服せよ、自我を越えよと語ってきます。
番組は「いのちの日記」の目次さながらに時系列を追いながら、般若心経を中心に据えた構成。そんななかで「神はすべての人の脳にいる」という有名な言葉をご本人の口から聴けたのも嬉かった。
思っていたとおり、柳澤さんは生命科学者としての矜持も立場も崩さず、きちんと論理だてて話しておられました。 まさにそのことが言葉を揺らぎのないものにしているのです。
「仏性のある脳の場所」ともいっておられました。「場所」という言葉を使うほど誰の脳にもあるということを強調されていました。しかし、ほとんどの人が無自覚で、磨こうとしない。 そして仏性を磨くことが「苦」からの脱却であり、それはつまり自我からの脱却であると主張されます。
これはかつてカトリックの異端中の異端とされ、その本を持っているだけで極刑に処せられたというエックハルトの主張によく似ています。エックハルトは死後600年たってその禁を解かれ、今では「学聖」として祀られていますが、重要な著作はほとんど失われました。それでも「神の慰みの書」が残っており、柳澤さんも大いに励まされた、と書かれているのですから、なにやら運命を感じます。
とまれ、柳澤さんが対談の中で、誰もが脳に持っている神、仏性を磨くために、考えるべきは生き方の道徳…と呟いておられました。その声が耳に残っています。
我執を捨てること…。難しい課題ですが知った以上は避けられない課題でもあるように感じています。
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