| 2006年03月18日(土) |
「河原荒草」伊藤比呂美 |
素晴らしい詩集だ。
この詩たちがその生活から起ち上がったのであろうと想像すると、 そのうみだしたダイナミズムの「手つき」に驚く。 その「手つき」は逞しく優しい。 詩の、リズムに溢れたエネルギーが素晴らしい。 この詩集を手にする人には、できれば一気読みして欲しいと願う。 そのことがより身にしみるように思えるから。
詩人伊藤比呂美が日本とアメリカを往還する暮らしを続けていることを 知らないものでもこの詩集を読み進めるうちに了解するであろう。 詩篇中、「私(長女)」たち一家はアメリカではサンタアナ(時として人を殺すという熱風) 吹きすさぶ荒れ地に、日本では河原に住まう。「死骸の父」「犬たち」も。 生き抜く詩篇である。 雑草の力強さに似て、生死、美醜を包み込む生命力の象徴としての「草」になぞらえて。
時としてその「草」の視点で書かれた詩篇でもあると感づく。 突然、姉妹弟がそれぞれ帰化植物の名を、詩の中で与えられもする。 帰化植物=移民=私たち、という重層のイメージが浮上してくる。
死んでも死なない。殺されても生き返る。人は植物に懸想される。 凄まじい生命力の塊として。そしてそれを曇無く見る眼として。 ある時は数行に昇華していく詩のこころとして。 圧倒的である。 ぐんぐんぐん、と来て、ぎゅううと読者はカタルシスへと 詩とともに向かうのだ。
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