早朝に降っていた雨が、午前十時にはあがったので竹林さんの個展に行くことにしました。 うちから自転車で出発。今出川通りを東へ、お茶の千家さんのある小川通りを南下。 楽焼きの楽さんの家と楽美術館を右手に見ながらさらに南下。 丸太町通りにホールがありました。ちょうどオープンの11時寸前に到着。
貸しホールなのでよもや、と思っていたら案の定誰もいません。ホールの受付の人もいない。 大事な絵やカウンターの中のiMACが紛失しても誰も気がつかないだろうなあ、などと思いながら、一人で堪能。
ホール内は白い印象の地にポートレートが描かれたもの。色はありません。黒い線のみ。 というか、背後に立ち上る淡いオーラのような炎のような「空気」に微かに暖色系の色が浮かんでいます。 あまりに淡いのだけれど、逆にとても目をひいて気になり、この色を後からなんども眺めることになりました。
そして、ホールの四面の壁に同じ大きさのポートレイトがずらりと並んでいます。その数40人。 人のいないことをいいことにいろんなところでポジションをとってどう見えるか、観察しました。 真ん中に立てば40人に取り囲まれたことになります。 視線が刺してくるかな、と思ったんですけどそういう絵ではないのです。
近寄って一人一人、竹林さんに写し取られたその人の内側を味わっていく絵。 その味わいのすべてを足したものがホール中央に立てば感慨としてじわりとくるのです。これは得難い体験でした。
ポートレイトには氏名と年齢と職業が書かれています。 鉄工所、整体士、大工、瓦職人、webデザイナー、高校生、主婦、ガス配管工、格闘家、 客室乗務員、美容師、ガソリンスタンド経営、秘書、農業、陶芸職人、カメラマン、釣具店、生コン、設計士 ギター奏者、文化財修復、反物を扱う人、ベンチャー企業家…。
それぞれが丹念に書き込まれた「まなざし」でぼくを見ています。 この人のこの表情の裏に「人生」という言葉で簡単に言うことがもったいないほどの、膨大な生活と時間があるのだということを とても感じさせられました。
ホールの一角には黒いソファが置いてあって、そこから俯瞰するように眺めていると「瓦職人の竹林さん(ご本人じゃないですよ)」の目が光った気がしました。 その時思った事。
竹林さんが切り取った「まなざし」。40人。 それぞれの過去がこの表情に繋がったのだろうけれど、次の瞬間の「まなざし」や表情が未来を決めている、と感じたのです。
「今」というのは絶えず更新していて、この絵の次の40人はどうなるか全くわからない。 ただ運命は度外視するとして、自由意志は確実に「今」を決定していて、決定した「今」が即座に次の「今」を決定していく。 そうやって時間も生活も背後へ流れていく。だからこの絵たちはある「今」の集合体であって、この渦の中に竹林さんもいるのです。 見るぼくらはそのなかに放り込まれる体験をするわけですね。
自分もまた、人たちと時間を共有し「今」を紡ぎながら生きているわけで、そのことを強く意識することが出来ました。
「生きている」ということに一種の覚醒をもたらしてくれる「装置」としての会場でした。 そうホール全体が作品、と考えるべきだと思います。
そのホール、無人のまま後にしました。 考えてみれば数十分、全く一人で体験できたわけで、これは希有なことです。幸運でした。
竹林柚宇子展 3月12日までやっています。入場無料。 午前11時から夜の7時まで。日祝は休みです。 石田大成社ホール:京都市中京区丸太町小川通り西入ルITPクリエイターズビル3F
竹林さんのプレスリリースから。 『身近な人を描きます。
描写することでその人の存在がより現実味を伴って浮かび上がってきます。 目に映る外見より、表情ににじみ出るその人の内側に惹かれます。 同時代を生きる人たちのまなざしに興味があります。』
ぼくからのお薦めポイント。 ホール全体を「装置」だと思って見てください。 不思議な感慨に襲われる…はず。
画像はポストカードとプレスリリース。 プレスリリースにはメモがぎっしり…。
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