| 2004年03月09日(火) |
21世紀を前にぼくは何を考えていたのだろう |
春が近いです。多分明日は20℃近くまで気温が上がるでしょう。 ところで…。 もし、瞑想や祈りによって何か気づきのきっかけのようなものが宇宙から贈り物のように届くのだとしたら 今日はその日だったと思います。
ゴザンスのテーマや800字で自分の高校の卒業のころのことを無造作に組みたてたり、思い出して書いたりしていたのもきっかけかもしれません。
過去のこと。それもそんなに遠くない。犬たちと暮らしだした頃からなんですが…。 そのころ、なぜかぼくはニューエイジ系のありとあらゆる本を殆ど読み尽くしてしまった時期がありました。山のような量を。
で、ある日からぱたりと読むのが停まりました。まったく読む気持ちが失せて、小説や詩のほうへ戻っていきました。理由は不明。 読みたいように読む、というのが主義でしたからね。
そのころからいまだに読んでいるのは、パウロ・コレーリョとマルロ・モーガンのふたりです。だけどあのころ読み飛ばしていて、精査して読んでいない本があったのですね。それが21世紀が始まってから読むべくサインが送られてきした。
べつに怪しい交信しているわけじゃないですよ。シンクロに気がつくんです。あ、これはあの本のことだってね。 それで読みなおしたのが政木さんの呼吸法の本でした。瞑想といってもいいですね。
もう1冊が、今日閃いた本。突然、川上弘美さんの「センセイの鞄」を読み返したくなって、本棚を探していたら読んだ覚えのないカバーをかけた本があって、これは…とおもって手に取ったんです。 それこそ読み飛ばしてきちんと読んでいなかった本でした。天外伺郎さん。「宇宙の根っこにつながる生き方」。
ふっと思ったのは、やっとこの本を「ほんとに」読めるとこまで来たんだという直感でした。
何度もほのめかしていますけれど、ぼくは瞑想をします。我流からいろいろと。政木さんの呼吸法もあるし、歩くことも書くことも瞑想であり、その延長と言えます。 だからといってぼくの作品がニューエイジ系か、というと全然そんなことは無いんですけれどね。
天外さんというかたは、もちろんペンネームで、実は世界初のCDをフィリップスと共同で開発したり、ロボットのアイボをこの世に送り出したソニーの重役さんです。
ゆっくりと読みはじめ、ああそうだったと思い出しました。21世紀が始まる前、ぼくはどう生きようとしていたのか。 まさに「宇宙の根っこにつながる生き方」です。
宇宙とは愛です。そして表現の根っこには「感動」こそ必要だ、と。 ジョン・レノンも言ってましたけれどね。
それから川上さんの「鞄」をあっという間に再読して、またこの本に帰ってきました。物理学の専門的なはなしもありますが、いまなら理解できます。 この本が出たのが1997年。6年たっての再読は、この本が孕んでいるものの大きさを再認識させました。自分が詩をまた書き始めた理由も無意識の後押しがあってのことなのだということも。
根っこは「感動」。それを思い出したんです。 政木流だけでなく、天外流の瞑想のやり方も丁寧に紹介されています。 瞑想だとか言って大金を巻き上げるセミナーなんか、駄目です。この本や政木さんの本で十分。
瞑想の「魔境」についてもフォローしてあります。「魔境」とは瞑想中に鬼やら悪魔やら、はては菩薩やら仏やらが出てくるというもの。これはヤバイです。 道元は「正法眼蔵」で「仏に会えば仏を突き殺せ」と書いているほど。 オウムのような錯覚におちいるからです。自分が仏だとか言っちゃ駄目なんです。所詮、生身の人間。それ以上でも以下でも無いんだから。
宇宙とつながって生きるための瞑想なのですから。
ついでに悪乗りして、1999年のころのCDを探して、acoのabsolute egoを発見。これの「バラード」は結構聴いたななどと思いながら聴いています。 それにしても「アブソリュート・エゴ」とは、なんと正直な…。白熱して蒸散させてしまいたかったのかな…エゴを。
夜もふけてきて きょうのシンクロの後押しをしてくれた無意識のすべてに感謝しています。 また元気に生きていけそう。
ありがとう。
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