散歩主義

2002年12月13日(金) どこで退くか。

昨日、フォーククルセダーズの新結成 解散音楽繪をBSで見ました。フォークルといっても知ってる人は少ないだろうな。「帰ってきたヨッパライ」のメガヒットで登場し、いくつかのスマッシュヒットを出した後、その絶頂で解散したグループ。
オリジナルメンバーは北山修、加藤和彦、はしだのりひこの3人。当時も今も加藤和彦氏がいちばん有名でしょう。

でも、それはたぶんサディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦として。それと幾枚ものソロと。はしださんも今は「主夫」としての本がでているほどの独特の生きかたしてます。ぼくがいちばん「見たかった」のは硬派 北山修。フォークルのロジックと歌詞を担当。加藤氏はどちらかというと作曲にその才能を発揮していたと思います。
あの潔い、シーンからの撤退も北山氏がいたからだと思います。

さて、その新結成。はしださんは参加してなくて、アルフィーの坂崎幸之助氏が参加。これがぴたりとはまっていました。
たぶん、この歌のための新結成だろうと思っていた「イムジン河」の2002年バージョンが聞けたのがよかった。それもハングルで。

「イムジン河」は朝鮮半島の国境を流れる河。かつては放送禁止となった歌です。
曲のなかで北山氏がトークを挟みました。半島の南北だけでなく、社会の中で、個人個人の関係の中で「分断」の象徴として流れる河だ、と。
それをいつか、「渡ろう」というような内容だったと思います。

何曲かのアンコールのあと、「わたしは全部出し切りました。ここで退くのが男の粋だ」とあきれる二人を尻目にさっさとソデにひいた北山氏。解散の時といっしょでした。
ちなみに彼の作詞の代表曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」です。

京都で解散記念に冗談半分で作った「帰ってきたヨッパライ」が大ヒット。北山氏は医師になるべく京都府立医大の学生でした。お寺の息子だったがために龍谷大学にいた加藤氏はレストランのシェフになろうと思っていたそうです。はしだ氏は同志社大学にいて、彼だけは音楽を続けようかなーとおもってたとか。

北山氏はその後、九州大学医学部での精神医学のキャリアを積み、現在に至っています。そういえば「九大はおれのローリン・ストーン」と歌っていました。ちなみに坂崎氏は「有機野菜はおれのローリン・ストーン」。

ステージは終わり、フォークルとしてのステージはたぶん二度とないでしょう。
聞いていて、やっぱりこのグループのリーダーは北山さんだったんだな、と。
なんとも、潔い頑固者。

今日は江口達也さんの「家畜人ヤプー」の漫画化の事を書こうと思っていましたが、これはまた後日。

ではでは。


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