今まで特定の植物に心奪われることがなんどかありました。 熱が冷めたらはい、おしまい、というのではなく、かかわる植物が増えていく感覚で、熱中していったのです。
最初は椿でした。挿し木で簡単に増える椿。それをいいことにガンガン増やしているおばさんが近所にいたのが原因。それと椿が日本に広がっていく椿伝説に魅せられたといってもいいでしょう。ほとんど神話の世界ですが「市」の立つ所に必ず椿の樹が植えられていったという伝説。ほとんど目印のように。それを知ってからさらにのめりこみました。
椿は日本原産ではありません。中国です。ついでに言えば桜よりも梅がまず、日本の代表的な樹であったのでした。しかし、より大和、ということになると桜ですね。で、椿は常緑で強く、懸け合わせもわりと簡単にできるので市民レベルでいろんな品種を作っている方もおられます。
古代の人々は樹には霊力が宿ると信じていて、それぞれの巨木を信仰する慣わしは今でも残っています。椿にも何かある、といろいろ調べていて、まだ途上です。 丹波の山奥には樹齢千年といわれる紫の椿がありますしね。
椿をいじっていながら、どーんとはまってしまったのが薔薇。一度、あの花と香りを自分の手で栽培すると離れられなくなってしまいました。魔力がありますね。 はい、いまだに喜んで魔力とつきあっております。 薔薇も中国が原産といわれています。
椿や薔薇を栽培しながら、散歩で木陰を提供してくれる木々にも興味を持っていました。さいわい近所にはまだ、大きな樹が残っている寺などがあります。 京都はだいたい落葉広葉樹が主たる森や林だったのです。ブナ科の椎やこならや栃などの樹。ほかにも槇や栗なんかもそうですね。 常緑のクスノキや黒松といった鬼木たちもあるにはありますが、もともとはそうなのです。
こういう樹は硬く、腐りにくいので船や建築物に利用されました。とりすぎたんでしょうね今ではほとんどありません。 樹というものは商品価値が出るのに30年以上かかります。成長が飛びぬけて早い杉や檜でも15年はかかるでしょう。質のよい広葉樹はだから自分の代で植えて孫の代で使用できるという時間のスパンなのです。
即物的に金との交換のしやすさを求めるのなら、そんな事やってられません。杉でさえ乾燥させずに大工に売りつけたりすることもあるとか。 平安京造営、応仁の乱、豊臣秀吉の聚楽第と方広寺建築と続いた大量需要のためにあらかたの巨木が失われていったといいます。そして疲弊した戦後、国の政策で成長の速い杉、檜ばかりが植林されました。
いくら植林しても、海外の安い巨大な原木の輸入が止まることはありません。だから植林された杉、檜が成長してもこんどは売れないのです。 山はゆっくりと荒廃していっています。いつの日かふたたび人の手の入らない原生林に戻るのでしょうか。少なくとも100年以上かかるでしょう。
話しが少しずれましたが、それでもまだ古来からの日本の森が残っている所があるのです。白神山地のブナの原生林は有名です。京都では京大が演習林として確保したがために芦生の原生林が残っています。また、そういう森を残そうという流れが社会にも出来てきました。
そんな古来からの森のひとつに「桂谷」とよばれる場所があることを知りました。 実はその「桂」こそ、今、夢中になっている樹なのです。 京都には「桂」と言う地名がありますが、そこで「桂の樹」を見た事はありません。桂もまた、とても高い樹になります。やはり腐りにくい性質があって船や建築にばんばん使われたようですね。この樹がたまたま近所の家の庭に植えてあって、その葉っぱを透かして見た光に魅了されてしまったのです。なんとも柔らかな緑の光なんですよ。その家も樹ももうありません。
犬たちと御所や公園にいっても桂の樹がないかいつもきょろきょろ。 ないんですよね。なかなか見つからない。それが群生してあるというではないですか。山がとても険しくて入れなかったのと、お寺の境内のために伐採を逃れたとか。それは滋賀、京都、奈良の県境のあたりの岩間寺というところにあるらしいのです。興奮しましたよ。
日本特産。葉っぱの形がごく小さい林檎のような形をしています。人によると心臓の形といいますが。晩秋の今、すっかり落葉しているでしょう。 来年の夏、桂ごしの陽光を浴びに行ければ良いな、といまからわくわくしているのです。鬼が高笑い。
だいぶ辺鄙な所ですから、市内で桂の樹を探すウォッチングも、もちろん続けます。葉っぱがないと判りにくいかもしれません。木肌は灰褐色です。 どこかにないかな―。
ところで「桂」という名前。中国では空想上の樹で、月に生えてる樹のことを「桂」というらしいですよ。
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