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2003年02月20日(木)  子供の頃の記憶「チハラさん」(後編)

昨日の続きです。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

1日の保育時間が終わり、
帰りのバスが来る時間になると、
保母さんが呼びに来る。
保育園からバス停までは、子供の足で
5分くらいかかったんじゃなかったかな。

田舎の赤字路線。
一時間に1本しかないので乗り遅れたら大変だ。
遊びに夢中になる子供をかき集めるのは、
さぞかし大変なことだっただろう。
そして、バス通園の子供達を集める時に、
保母さん達が叫んでいた言葉は
「チハラさ〜ん!、バスですよ〜!」だった。

バス通園の子供達が降りるバス停である茅原沢[チハラザワ]。
途中のバス停で乗り降りする園児はいないので、
バスで通ってくる園児のことを、
「チハラ(ザワのバス停で降りる、
 茅原沢方面に向かうバスに乗る園児の皆)さん」
略して[チハラさん]と呼んでも、
何の問題もないはずだった。

しかし、子供の私には
その略されている部分が理解できず、
毎日問題なく帰れているにも関わらず、
実は独り不安にかられていたのだ。

[チハラさん]と言えば普通、
茅原沢に住んでいる人の事なんじゃないのかな?。
ボクが住んでいるのはその隣町[オイダイラ]だ。
そのボクが[チハラさん]のための
バスに乗って大丈夫なのだろうか?
今までは、たまたま大丈夫だっただけで、本当は、
ボクは毎日間違ったバスに乗っているのかもしれない。
もしかしたら[チハラさん]のバスの他に、
[オイダイラさん]のバスもあるのでは?

それともボクはず〜っと[オイダイラ]に
住んでいると思っていたけど、
実はここは[チハラ]だったのだろうか?

そんな疑念を抱きながらも
「チハラさ〜ん!、バスですよ〜!」と呼ばれたら、
皆と一緒にバスに乗って帰っていた。

しかしある日、私は意を決して母に聞いてみた。
「お母さん、ボクが住んでいるのは
 [チハラ]じゃないよね?[オイダイラ]だよね?」
私が何を考えていてこう聞いたかを知る由もない母は、
もちろん「そうよ」と答える。
だがこれで、私の中での疑問は確信に変わった。
やっぱりそうだった。ボクは[チハラさん]ではなく
[オイダイラさん]なのだ。

そして次の日、私は重大な決意を持って登園した。

いざ帰る時間になって、保母さんはいつものように
「チハラさ〜ん!、バスですよ〜!」と呼び掛ける。
しかし、私は動こうとしなかった。 
保母さんが心配して直接呼び来る。

「バスが来るよ。早くしなきゃ。」
「でもあれは[チハラさん]のバスでしょ?」
「そうよ。」
「ボクは[チハラさん]じゃないから、乗らない。」
「何言ってるの? 
 あなたは[チハラさん]でしょ? 
 あのバスに乗らなきゃ。」
「違うもん。ボクは[チハラ]じゃないもん。
 [オイダイラ]だもん。」
「???[オイダイラ]は[チハラさん]でしょ?」
「[オイダイラ]は[オイダイラ]じゃん。
 [チハラ]じゃないじゃん。」
「そうじゃなくて・・・」
「ボクは[チハラ]じゃないから
 [チハラさん]のバスは乗らない。
 [オイダイラ]のバスに乗るんだ!」

バスの時間がせまり、焦っている保母さんは、
私が理解できるように、順を追って説明する余裕がない。
なぜ突然私が[チハラさん]じゃないと
言い出したか分からなくて、困っただろうなぁ。
いやぁ、申し訳なかったです。

そんな私を残し、他のみんなはバスに乗って帰って行った。
電話で連絡を受けた母が車で迎えに来るまで、
鉄棒につかまって泣きながら、
「ボクは間違ってない。
 だってボクは[オイダイラ]だもん。」
と言い続けた私。

真っ赤な夕焼けの空と、寺の森に集まってくる
カラスの鳴き声とともに、
強烈に印象に残っているできごとだ。

と、きいちさんのネタを読んだ時に
このエピソードを思い出しましたとさ、という話。





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