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2006年03月03日(金) 見たくもない世界/BABYSHAMBLES"Down In Albion"

カートは死んだが、おまえは生きろピート。

"低脳野郎の倍ぐらい何も解ってやしない/未だに何も解ってない"
"じゃあ「死」と「栄光」の価値の違いは何だ?"
"俺は今日、失業保険金を奪う為にひとりの男を殺した"

混乱している。いいや、むしろ彼が一番正気だ。
この世界において、狂ってるのはおまえらの方だ、と。

谷崎潤一郎が『春琴抄』に描いた美や愛は、正気だ。
生まれた時から眼が見えない富豪の商人の娘春琴と、その春琴に幼い時から仕え、彼女に奴隷のように扱われる佐助。
佐助は春琴に恋心を抱いている。
一方、実のところ、奴隷のように扱っている通り、春琴は佐助を好きではない。嫌ってもいないが。

春琴は眼が見えないのが障害となって、佐助だけでなく誰も愛せない少女。
だから、金持ちの家の息子に求愛されても断る。
しかし、その金持ちの息子は春琴と佐助の仲を非常に疑い、恨んで、ある夜春琴の寝床に忍び込み、レイプというより、顔に煮えたぎる湯をかけて逃げていく。
春琴の美貌は大火傷で、もはや見られる顔ではない。それからは、顔を包帯でぐるぐると巻いて誰にも素顔を見せない。
だが、ある日、包帯を外さないといけない日が来る。恋心はなかったとはいえ、一番身近な存在である佐助にも顔を晒さないといけない。
春琴は「お前だけには、この顔は見られたくない」と泣き続ける。

佐助はどうしたか。
「わかりました」
一言だけ言って自室へ戻り、自分の両眼に針を突き刺して潰してしまう。
「お嬢さま、喜んでください。私もお嬢さまと同じ世界の人間になりました」
その時、たった一回だが、春琴は佐助を抱きしめて、
「痛うはなかったかい」
「うれしい」
と佐助に言う。

物語はその後春琴と佐助は結ばれました、めでたしめでたし、とはならない。
彼女が彼を愛したのはこの一回のシーンだけだ。
しかし、それこそがなにか真実めいている。

きっと、これが正気なんだろう。
人生最高で、本当の愛を感じられるのは一回だけ。一瞬だけ。
そして愛する人の顔は年を経て衰えていく。

佐助は眼を潰す事によって、春琴の愛を手にした。
勘繰りも、自分に良いように捉えることも、演技も、陶酔もない。

また、眼を潰した彼にとって、春琴の美しさは永遠に変わらない。

ピートにとってのドラッグはそういうことなんだろう。
見たくもないこの世界で、自らの眼を潰す針によって、
本質だけが見えるようになる。
おまえらのうるさい顔や絶望的な風景なんか要らない。
本当だけでいい。

ほぼ大半を占める後悔と苦痛の中の一瞬、
すべてが分かったような瞬間を見せてくれるドラッグ。

それを知っているピートが、
最高のセンスと知恵を持って音楽に落とし込もうともがき苦しんだ。
それが、"Down In Albion"だ。

こんな作品なのだから、完全に分かる人がいないのはもっともだろう。


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