戯言。
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2004年01月25日(日) 062:優しい体温[テニプリ/跡宍]
体育の授業が終わりロッカールームへと向かう途中、聞きなれた声に呼び止められた。
「跡部」
呼ばれて顔をそちらに向けると、目の前にいたのは予想通りの人物だった。
「....宍戸か。何か用か?」
「ああ、いや....その」
「用があるならサッサと言え」
少しの間躊躇していたが、やがて思い切ったように用件を口にした。
「ジャージ、上だけでいいから貸してくんない?」
「あぁん?」
「次体育なんだけど、その....忘れた」
そう言う宍戸はポロシャツとハーフパンツで、確かに寒そうだ。
少し前までなら部活用のジャージで代用出来たが、既に部活を引退した自分たちがそれを持ち歩いている訳が無い。
「ちっ....仕方ねぇな」
身に付けていたジャージを脱ぎ、差し出す。
「ほら、これで良いか?」
「悪ぃ」
助かった、と渡したジャージを羽織った。
細身の宍戸には案の定少し大きかったようで、所々少し余っている。
「あ、やっぱちょっと大きい」
身長は殆ど変わらないのに、とブツブツ言っている宍戸を見ながら、ふと思いついて口を開いた。
「ジローはいなかったのか?」
「は?」
確かに自分と宍戸は身長が殆ど同じだが、体格的にはジローとの方が近いだろう。
しかもジローのクラスは宍戸のクラスの隣。
自分は前の時間体育で、すれ違ったら終わりだ(その可能性の方が高い)。
普通に考えるとまずはジローに借りに行くのが妥当なところだろう。
とはいえ宍戸が他の奴のジャージを着るなんてことは断じて許せないのだが。
渡したジャージを羽織った時、ほんの一瞬だけ見せた嬉しげな笑顔。
まあ宍戸が自分の所に来た理由は分かってはいるが、本人の口から言わせるのも悪くは無い。
「ジローの方が近いだろうが、サイズも教室も」
口の端に笑みを浮かべて問う。
さて、どんな反応を返すのか。
「そりゃそうだけどさ....」
予想通り宍戸はあたふたと言い訳をし始めた。
ジローは大抵寝ていて起きないから授業に間に合わない、とか挙句の果てにはいつも丸めてしまうだろうから皺が気になる、といった取るに足らない理由をつけている。
「で?」
結局どうなんだ、と視線を投げかけると。
「....分かってる癖に」
恨めしげに見上げる宍戸に止めのひと言。
「口で言わなきゃ分かんねぇぜ?」
「....性悪」
ボソッと呟いて、正面からもたれかかってきた。
隠そうとしても無駄だぜ、その赤い顔は。
「お前のが良かったんだよ」
「何故?」
「........そこまで言わせるか?」
「俺様は性悪らしいからな」
にやりと笑って囁くと、更に顔を赤くして。
「跡部の温もりは、優しいから」
もうこれ以上言わねぇぞ、と口を閉ざした宍戸をきつく抱き寄せた。
まさかこんな答えが返ってくるとは。
宍戸は鈍い。
鈍い分、稀にとんでもない台詞を吐く。
自分が思わず赤面してしまうような、とんでもない言葉を口にするのだ。
苦しい、と抜け出そうとする宍戸を煩い、と押さえつけ、必死にポーカーフェイスをつくった。
今の顔を見られたら、間違いなく死ぬ。
こんな顔を目撃したら暫くはからかわれるであろう伊達眼鏡をかけたあの悪友に見られていないことを切に願った。
少しの間そのままいたが、鳴り響く予鈴の音で我に返った。
いい加減行かないと二人とも授業に遅刻するだろう。
少々名残惜しかったが、抱き寄せる腕の力を緩めた。
この馬鹿力め、と文句を言う宍戸の額をパチンと指で弾き、言う。
「俺様のジャージ着て負けるのは許さねぇぞ」
呆気に取られた顔をしたのは一瞬、すぐにいつもの笑みを浮かべて。
「おう、任せとけ」
そう言って走っていく宍戸に、声をかけた。
「宍戸」
立ち止まって振り向いた宍戸に、にやりと笑って。
「これからこの時間はジャージ持ってこなくて良いぞ」
毎回俺のを貸してやるから。
「なっ........!」
自分の意図をきちんと理解したようで、再度頬を紅く染めた宍戸に。
「分かったか?」
言葉で答える代わりに片手を上げ、慌てたように走っていった。
それを見送る自分は、穏やかに微笑んでいるのだろう。
「優しい、温もり....か」
誰もいなくなった廊下に、自分の呟きが響いた。
*****
どうでも良いけど何処でいちゃいちゃしてんのよキミ達。
おかしい、たまには強気な跡部様を目指したのにやっぱりヘタレた....
最後で少し巻き返したか?
結局うちの跡部様は宍戸さんに弱いらしい。