ミドルエイジのビジネスマン
DiaryINDEX|past|will
| 2004年09月12日(日) |
北オセチアの悲劇に寄せて |
日記で自分の生活と意見を公開している一方で、日々十数人の方々の暮らしを拝見し、人々の知恵に感心したり物の見方を教わっている。
北オセチアの悲劇を目の当たりにして、日記の中で直ちに意見を公開したのは女性だった。しかも、一人や二人ではない。
子供を人質に取って、しかもハナから開放する気も無いという非道な行いに、遠くにいても恐怖と怒りで身が固まってしまう。亡くなった方に身内が10人いたとすれば、3500もの回復し難い悲しみと深い憤りが残ってしまった。
だが、チェチェンではプーチンの攻撃によって80万の人口のうち既に20万人もの命が失われているとも言う。テレビで放映しないからといって、世界に平和が続いているとは限らない。20万の人々に10人の身内がいたとしたら、既にチェチェンの人口を3倍しても足りない深い悲しみが彼の地を覆い、消すことのできない大きな憤りがロシアに向けられていることになる。
今回のテロ事件で、爆弾を身にまとった女性が二人、体育館とは別の部屋で自爆したという。最初は自ら命を絶ったのかと思ったが、その後、学校を占拠することに反対して見せしめの犠牲になったという報道もあった。
このような悲劇の中でも、子供達を犠牲にしてはならないという声が犯行グループの内部にあり、それが女性だったということがわずかな救いだ。互いに相手を抹殺しようとし、その手段を選ばないとき、それを止めることができるのはいきり立つ男どもではなく女性なのだと思う。
カスピ海沿岸の石油資源を獲得しパイプラインで運ぶために、また独立運動が周辺に拡大して国境の防波堤を失うことがないように、ロシアは力づくでチェチェンを占領し続けている。中東と同様、石油のもたらす富を適正に配分することができないのが根本的な原因であろう。イスラム教とキリスト教の文明対立などと訳知り顔な解説に逃げることなく平和のうちに共存する途を何とか探し出して欲しい。
自分では何もしないで、それこそ訳知り顔なことを書いたが、いち早く声を挙げた女性の方々に敬意を表して思うところを書き留めた。本当のところ、胸弾む入学式の日に恐怖のどん底を味わさせられた挙句殺されてしまった子供達のことを思うと言葉もない。日本では亡くなった人のことを思うことが供養になると言われている。今、遥か遠い外国の会ったことも無い子供達のことを思い、短かった一生は幸せだったかいと語りかけている。
|