2003年01月17日(金)  拾っては 重くしている 我が心



私の日記って、自己完結型日記だと思うんです。

自分の中に取り込んだもので、心の収拾がついて、
何かしら答えというかオチのようなものを見つけたことだけ記している。

要するにそれは、私が負けず嫌いでしかも臆病だったりするからで、
自分でも整理のついてない心の弱い部分を人に見せ、
人から弱い人間だと思われるのがいやだからだったりします。

反面、強い人間だと思われることが、
弱い本当の自分と他人の持つ自分のイメージのギャップが、
ものすごく重荷だったりして、自分でもわけがわかりません。

こうやって今もなんだか答えを見つけたようなことを書いていますが、
今の私の心は収拾のつかない気持ちで満ち溢れています。


今日学校でイヤなことがありました。
後で考えればどうでもいいことのレベルで、
月曜になれば全てが解決しているのかもしれませんが、
どうしようもなく心が乱されてしまいました。

あまりに取り乱してしまって、身体の具合が悪くなったので、
午前の授業だけ出て帰ってきてしまいました。
家に帰ってベッドに横になって本を読んだりして気を紛らわしても、
考えるのは学校であったことばかり。
そのうち眠りに落ちたんですが、
悪夢の連続で、何度もいやな気分で目が覚めました。

彼が学校から帰ってくるころには、
メソメソと泣き出す始末。


小さいころ、父親にこんなことを言われました。

 人の言う言葉は汚くて重い石だと思えばいい。
 それを全部拾い上げて心にしまっていたら、
 心は重くて重くてどうしようもなくなってしまう。
 きれいな石なんてめったにない。
 きれいな石を見極めて、それだけを拾う力をつけなさい。

と。

小さいころから、他人の目他人の言葉に翻弄されっぱなしだったので、
そんな力が身につくといいなと日々努力しました。

でも、できない。私にはできない。
どうしても、全ての石を無意識に拾い上げてしまう。
私には「きれいな石」を見極める才能はないんだと思います。

それどころか、
せっかくの「きれいな石」をも「汚く重い石」に変えてしまう、
そんな歪んだ心を持ってるのだと思います。


自分の気持ちをうまくコントロールできたらいいと思います。
強い人間になれたらどんなにいいだろうと思います。

でもやっぱり今日も目覚めると私は私で、
「汚い石」で重くなった心を引っさげて、次の石を拾ったら、
もう心はその重さに耐え切れず引きちぎれてしまうかもしれない
とビクビクしながら生活しています。

一人でいる静かな時間をできるだけ長くとって、
「汚く重い石」を一つずつ整理し心の外に出す、
そういう骨の折れる作業をしなくていい生活はどんなにいいだろうと思います。


この先、私はうまく物事を回していけるのか、
自分で拾い自分で作り出した「汚く重い石」で
心が取り返しのつかないくらい破綻しやしないか。
そんなことを考えることにいい加減辟易しています。


つづく。


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