2002年12月10日(火) 群れるのが 当たり前だよ 農耕民族
日本人は群れるのが好きというけれど、
それは日本人だけじゃないみたいです。
タイ人を筆頭に、中国人、インドネシア人までも、
群れる群れる、これでもかってくらい群れる。
トイレに行くのも勉強するのも家に帰るのも、
絶対一人ではやらない、というかできないわけですよ。
なんか群れながら図書館でみんなで課題レポートをやるもんだから、
レポートの中身が同じになっちゃったりして、
同じ間違いをして、先生に怒られても、まだ群れる。
私は日本にいるころから群れるのが苦手というか、
集団行動がてんでできないタチだったので、
この群れるという粘着系の行動に、
吐き気さえ覚える今日このごろです。
「昨日、市立図書館に行った」
と言うと、
「なんで言ってくれなかったの?
私も行きたかったのに」
と言う。
「行きたいなら1人でも行けばよかったじゃん」
と言うと、
「1人じゃ行けない」
と答える。
市立図書館は学校のすぐ近くなのに。
「1人で勉強できるようにならないと、
大学に入ってから勉強するの大変だよ」
と言うと、
「1人でいるのはよくない」
と農耕民族臭プンプンの答えが返ってくる。
1人で行動できないということのほかにも、
農耕民族臭満点なのが、
『出る杭は打たれる』的考え方。
それぞれが、お互いの課題の進み具合を覗きあい、
ちょっとでも進んでる者がいると、毛嫌いする。
まるで、中学校の試験前みたいなのです。
プライバシーのカケラもなく、
私が持ってる参考資料、レポートそのものまで、
「見せて」
「この資料どこで見つけたの?」
と来て、挙句の果てには、
「この資料私も使っていい?」
と来る。
そして、きっかりきっかり進んでいる私のレポートを見て、
「すごいね〜」
と嫌味いっぱいに言ってくる人もいたりして、
うんざりしてくるのです。
レポート大変だ、私はこんなに進んでない、
私なんてまだこんな状態だ
とか、そういう探り合い的会話に辟易していたので、
今日は
「どこ行くの〜?」
「私も行く〜」
という言葉を振り切って、
学校の外の図書館に走って逃げ込んだのでした。
私はいったいこんなところで何をしているのでしょうか。
つづく。
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