図書館へ行こうとカバンを持ち上げたとき、 携帯電話が鳴った。
登録されていない見知らぬ携帯の番号が表示されている。 普段なら無視する、けど、今日は何となく通話ボタンを押した。
豪快な笑い声と共に、 「誰だかわかる?」とからかうような声。
こんな電話かけてくるのは1人しかいない。 わかってしまう自分が悔しい。
「わからないです」と答えたら、彼は素直に名乗った。
もう5年ぶりくらい。
あれは、私の人生で唯一のモテ期だった。
何度か書いたかもしれないけど、 付き合ってる人がいて(元々彼だ)、 でも私は浮気をして(それがこの電話の相手だ)、 結局私は元々彼と別れて、また別の彼(元彼)と付き合い同棲した。
あの1年は、私の人生には珍しく、流れがあった。 他にも誘ってくれる人はいたし、 「モテ期」というものの存在を感じたものだ。
あのとき私は27歳で、 仕事もそれなりにできて職場でも認められて、 客観的に見ればとても幸せな立場だったと思う。
32歳で、あの頃の私と同じ仕事をしても、見向きもされない。 当たり前だ。
今日電話してきた彼(仮に、F、としよう)は、
「また今月から、オ○ラシティで仕事することになって、 懐かしくてあの頃一緒だった色々な人に電話しまくってるんだ」
と言った。
そう、あの頃、私たちのオフィスは、オペ○シティにあった。 私はあのビルが気に入っていた。 新宿のはずれにあって、公園も近いし、 ビルの中だけで何でも用が済むし、通勤も楽だった。
「AIXで、Oracleで、C++。 PG探してるんだけど、月40万でやらない?」
Fはそうのたまった。
PGですって? いまさら私にPGをやれと?
おまけに月40なんて馬鹿にしてるじゃないか・・・ と思ったけど、 同時に「その手の仕事なら最悪ありつけるってことね」 と冷静に考えている自分。 間に入っているという紹介会社の名前も、 頭の片隅にメモ。
Fは私より9つも年上で、 そう考えると今は41歳。 うーん、おやじになったんだろうな〜。
「彼氏とはうまく行ってるの?」
何気なくFが聞いてきた。 Fは、元彼と知り合いだったし、 私が元彼と付き合っていたことも知っている。
ついでに言えば、元彼と付き合い始めるときに、 Fとの出来事は元彼にも報告済みで、 だからあまりその辺りには触れたくない。
「えー、まぁ5年も経ってるから色々変わりはあるけれど、 それなりに彼氏はいますよ〜」
と答えておいた。
「なんだ、残念」
という馬鹿みたいな返しは軽く流して。
「今仕事の変わり目でお金ないから、 もうしばらくしたらまた飲みに行こうよ」
と言われたけれど、それも笑って流した。
もう、会うことはないだろう。
でも、この電話で私の中の何かが揺さぶられた。
期限付きだとわかっていながらも、 毎日が楽しくて幸せだったあの頃。 もう決して私の手に戻らないあの日々。 過去の自分に嫉妬するなんて、どうかしてる。
Fに会いたいとは思わないけれど、 あの頃の自分には会いたい。 別の選択肢を選ばせようとは思っていないけれど。 後悔はしていないはずなのだけれど。
今会うとすれば、躊躇してしまう。 5年の歳月は私を変えた。 昔はもう少し私だってスタイル良かったし・・・
そう。 「ここぞ」という時に、服を脱げるようにしておかなきゃいけないよね。
なんて、久々にそんなことを考える。
相手なんていないけど。 でも。 もう少し身なりなんかに構うべきだろう。
ちゃんと何人かの人に対して「女」だった27歳の私のように。
具体的にどうというわけではないけれど、 もう長い間静かだった自分の中の湖に、 小石が投じられ漣が広がっていく感じ。
良い方に向かうか、悪い方に向かうか、
それとも何の影響もないか、
わからないけど。
もう少し機敏に、 もう少し耳を澄まして、
半歩でも踏み出してみよう。
今日借りた本。 ■ニシノユキヒコの恋と冒険 (川上 弘美 著) 新潮社 ■水曜の朝、午前三時 (蓮見 圭一 著) 新潮社 ■アヒルと鴨のコインロッカー (伊坂 幸太郎 著) 東京創元社
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