長く旅を続けても母を見つけることは叶わなかった。 父が「外」から連れてきたという母。 彼女の出自については明かされないまま 二人は手を繋いで遠くへ行ってしまった。 山が齎した避けようのない事故だった、らしい。
その時のわたしはまだ幼くて 頭を撫でる父の大きな手と 抱き締めてくれる母の柔らかさしか覚えていない。
数年ぶりに訪れた集落。 自給自足が出来るだけの小さな畑。 生まれ育った家。 ブランコを作った大きな木。 思い出に残る全ての物たち。
炭になって残っていなければここがそうだとは思えない。 既に植物たちが茎や蔓を伸ばして僅かな証拠さえ隠そうとしている。
痕跡が残らないように壊している時間がなかったのだろう。 それでも焼け焦げた骨がひとつも―家畜のすら見つからないのは 戦争に巻き込まれたせいじゃなくて 巻き込まれるのを怖れて移動したから。
―お前はもう故郷に戻ることは出来まいよ
母のことは「旅のついで」に過ぎない。 成長につれて母によく似てきたと言われていたから どこかでこの容姿を懐かしがってくれる人がいるかもしれないと。 けれどもう母を知る人はいないような気がする。
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