■ 豆文 ■
 2006年02月07日(火) 【 中毒奇譚:はじめに 】

【その店の話】

 その店は、ごく普通の街の、ごく普通の路地裏に、目立たぬように建っている。
 建物の正面には窓が無く、漆黒色をした扉のみが張り付くようにして存在している。扉にも覗き窓の類は無く、そして見回しても看板らしき物すらない。

 扉は誰を拒むこともなく簡単に開く。入るなり、客は目にするであろう。
 微笑みをたたえた一人の男、これが店主である。
 店主の微笑みと共にあるのは、店内の唯一の照明であるテーブルの上のアンティーク調のランプ。窓の無いこの空間を薄ぼんやりとオレンジ色の光に照らしている。
 その明かりを頼りに視線を巡らせれば、テーブルを挟んで男側の壁に取り付けられた古時計、その下の古びた棚に置かれたアンティーク物のティーセット。男の脇にはどこかで見た有名な年代物のレコーダーが置かれ、その先に扉がひとつ。黒い布で上半分が覆われていた。
 店主へ再び視線を戻す。二十代前半だろうか。まだ十分な若さを残す、端正な顔つき。先刻見た扉のような漆黒色の髪は耳の半分ほどを隠す長さ。着ているのはまるで喪服のような、黒のスーツに白いシャツと黒のネクタイ。彼は言う。
「いらっしゃいませ」

 その店は、ごく普通の街の、ごく普通の路地裏に、目立たぬように建っている。

 店主曰く ──ここは僕の趣味でやっているのですよ。
 店主曰く ──何てことのない普通の店です。

 客曰く  ──あの店は凄いよ。望んでいる事が叶うんだ。

 店主曰く ──そんな事はありませんってば。物を売っているだけですし。

 客曰く  ──行ってみればいいよ、きっと満足するはずだ。

 店主曰く ──営利目的じゃないのですから、余計な噂は不要なのですが。
 店主曰く ──何ですか? 黒っぽければそうなるのですか? 黒で纏めるだけで僕は魔法使い? とんだ言いがかりですよ。黒好きへの弊害ですよ。世の中の黒好きさん達が一斉暴動ですよ。と言いますかね? 噂のせいで、もし望まれた商品……けったいなミラクルアイテムなのでしょうけれど? それが出せなくて僕が恨まれて、裁判沙汰にでもなったらどうするのですか。いい加減にしてくださいよ。僕は平穏無事に、細々と生きたいだけなのですよ。僕だけが平和ならばとりあえず構わないのですよ。そもそも──


 店主と客の相互理解は、遠い。




【注意書き】

 この小話は、とある小説の数々のパラレルワールド的なものとなっております。各話完結型。

 推奨:とある小説の数々を一通り目にしている方

※初見でもそれぞれひとつの物語として読めるものではありますが、時々(直接的な表現は少ないにしても)地雷のようなネタバレが仕込まれたりしております。
※…が、パラレルですので実際の設定とは異なる部分があります。
※色々弄くり回してあっても気楽に受け止め可能な方のみ、次のページからどうぞ。
※結構何でもアリなのは仕様です。
※時々尻切れなのも仕様です。
※不定期に、何となくネタが出て書けた時に更新されます。
※ネタバレが平気な方なら、各小説を読むきっかけになるかもしれません(ならないかもしれません)

 考えとしては、この小話達は『直接的に伝えると違和感や蛇足感が出たり、明確に番外編とするには少し厳しいものに対する自分なりの解決策』です。そんな感じでひとつ。

※おおもとは、『覆面作家企画 わたしはだあれ?』(企画サイト閉鎖済み)に投稿された、『奇妙な店と赤い花の話』です。興味がおありでしたらどうぞ。


【ショートカットと目安】

 形式上、コミカルとシリアスが混在しているので、どちらかのみを好む方の為に目安を提示してみました。参考までに。(目安に騙されたと思われた場合は、遠慮無く言って下さい…)

 シリアス □□■□□ コミカル  ……となっております。

 奇譚1 :□□■□□ 『空色な人』
 奇譚2 :□□□□■ 『お得意様』
 奇譚3 :□□□■□ 『舌っ足らずな子供』
 奇譚4 :■□□□□ 『脆い花のような人』
 奇譚5 :■□□□□ 『不安定な強さを持った人』
 奇譚6 :□□■□□ 『ごきょうだい』
 奇譚7 :■□□□□ 『儚き男性』
 奇譚8 :□□□□□■『思い出したくない』
 奇譚9 :□■□□□ 『雲を探す子供』(初見でも平気)
 奇譚10:□□□■□ 『旦那様』
 奇譚11:□□□■□ 『あげる人達』
 奇譚12:□□□□■ 『不器用な大人』

 ──それは、事実に限りなく近い虚偽の束。


 一応、解説(ネタバレ)ページ的なものはありますが、蛇足感も強いのでお好みと自己責任でどうぞ。別窓で開きます。


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