2004年11月09日(火) |
7名最後の会派打ち合わせ |
先日書いたように、5月に大同団結して出来た会派『民主・自由・未来』7名のうち、未来を名乗っていた金子富夫議員が『都議選に関連して』会派離脱を表明された。また、同じ羽田出身の沼田秀弘議員(民主党をすでに離党無所属)も、同時に離脱されることになった。それぞれ、諸々のご事情があるにせよ、会派結成の難産は一体なんだったのか、残念至極である。
今日は、今後の事務手続き、会派の控え室など『離脱を前提』に打ち合わせがもたれた。一部残留組(?)の議員からは遺留の声もあったが、政治家の決断は他人が如何こう言うべきではないと思う。
ところが、離脱されるお一人から『出来れば、控え室は一緒に』との申し出があった。これは筋違いである。最初から会派が違うが、同じ部屋だったというのではなく『諸般の事情』から会派を離脱する、しかし、部屋は一緒、というのはおかしい。
もしそうだとすれば、私が出る、と主張した。結果、残留組にも私の意見への賛同者が多く、幹事長の仲裁もあって、部屋は別になることになった。
しかし、困っているのは、実は私だ。無所属と、民主党議員が大同団結して会派を作ったから、組んでいる意味があったのに、今や、民主党議員4名と私の5名になってしまった。これでは、『犬伏は民主党と組んだ』という構図になってしまう。離脱するお二人は、それぞれ一人会派としてやっていくそうだ。(勿論、この二人と組む気はないが…)
こいつは困った。どうしよう…
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