キッシンジャーの日々
キッシンジャー



 少年

 雨が上がった。開いていた傘が徐々に閉ざされ始める。窓の隙間から涼風が吹き込み、僕は毛布をまさぐった。
 10時半を過ぎていた。遅刻だ。しかし、2日間もシャワーを浴びていない。体から多少汗の臭いがし始めていた。僕は同僚に電話した後、急いでシャワーを済ました。
 外ではすでに、日の陽光が差し始めていた。雲の隙間からおぼろげに弱々しく、しかし確かに太陽から数分前に発された光線が、人々に降り注いでいた。

 その子は僕らと一緒に居た。雨上がりに遊んでいて水溜りにハマッてしまい、靴を濡らしてしまっていた。

子ども:「何してんの?」
同僚:「子どもらとポイントハイクしてて、俺らはその係なんよ」
子ども:「ふーん」

誰も来ないので、僕らは3人だけのサイコロトークを始めた。

「好きな食べ物は?」−「桃。お尻みたいにプリプリしてるから」
「好きなタイプは?」−「願望は中谷美紀やな…」
 ……

 サイコロの目に「人生とは…なんぞや?」という目があった。同僚がその目を当て、その男の子に尋ねた。

同僚:「人生って意味わかる?」

 僕ら2人が予想していた彼の回答はこうだった。

「何やろね…ようわからん」

しかし、彼は思いもよらぬ言葉で、僕らを驚かせた。

子ども:「知ってるよ、自分の大切な人生ってやつでしょ。…でも僕にはまだ人生が無いねんなあ」

 僕と同僚は、”俺ら今まで何して生きてきたんだろう”と、大笑いしながらも苦笑するしかなかった。
 雨上がり、雲の切れ間から溢れ出した空の色は久々で、心にやんわりと広がっていった。

2002年05月19日(日)
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