パラダイムチェンジ

2006年10月10日(火) 映画「太陽」

日曜日、映画を見てきた。見てきたのは「太陽」
イッセー尾形が昭和天皇を演じた、アレクサンダー・ソクーロフ監督に
よるロシア映画である。

この映画を一言で言うと、「ソクーロフ監督とイッセー尾形の想像力に
乾杯」である。
多分、この映画は、日本でも、ハリウッドでも生まれなかった映画だ
と思うんだよね。
日本では公開も危ぶまれた位だし、この映画が地上波のTVで流れること
も考えにくいし。

逆に言えば、この映画を、ロシア人の監督に撮れたことが、素直に
驚きなのだ。
それくらい、彼が様々なリサーチを重ねて「慎重に」、昭和天皇という
題材を取り扱ったことが見てとれて。

この映画は、1945年、太平洋戦争末期の皇居内の、防空壕の中と、研究
室の中の昭和天皇の生活を描写している映画である。
この、防空壕については、当時の資料や、岡本喜八の映画「日本の一番
長い日」を参考にして、調度品などもわざわざそのために作ったらしい。

この映画の中で、昭和天皇は、いつも誰かに見つめられている。
防空壕の中でも、研究所の中でも、そして睡眠中、悪夢にうなされて
いる最中であってさえも。

彼は、現人神として、人間ではなく、神であると周囲の人々は言う。
だけど、科学者である昭和天皇本人は、自分自身が人間と本当に違う
のか、という事について、疑問を持っている。

果たして、実際の昭和天皇御本人が、同じような疑問を持っていたのか
どうかは、私たちには知るすべはない。

だけどソクーロフ監督と、イッセー尾形は、そういう特殊な環境の中で
昭和天皇自身がどうお思いになられていたのか、という事について、
演繹的な検証をすることで、説得力のある昭和天皇像を描き出している
と思う。

もちろん私自身、実際の昭和天皇がこの通りの方であったとは思わな
い。
だけどここまで昭和天皇の人となりについて近づいて描く事は、おそら
く日本人には、(畏れ多くて)できないだろうとも思うのである。

もしも、この映画を、天皇陛下が見ることがあった場合には、どんな
感想を持たれるのかはわからないけれど、案外微笑まれるのではないか
なあ、と思うのである。

「ヒロヒト」は、外国人にとって、最も有名な日本人の名前らしい。
今だったら、ヨーロッパだったらナカタも有名かもしれないけれど、
日本の指導者、政治関係者で昭和天皇を超えるほど、広く人々に知られ
ている人はいないらしい。

だけど、ヒロヒトこと昭和天皇ほど、現代を生きた人物でありながら、
謎に包まれたお方もいないだろうと思う。
だから、ヨーロッパにおいては、この映画を見て、昭和天皇という方は
こういう方だったのか、と納得する人も多いかもしれない。

この映画の中で、私が一番感心したのは、昭和天皇の、優れた海洋生物
学者という一面と、太平洋戦争が終わるまでの間、国の指導者であり、
神であるという、二つのまるで異なる人生を生きていたことに上手く
脚光を当てたことである。

昭和天皇が、科学者であったエピソードとして、私が知っているのは、
侍従の人が、陛下に対して、そこに雑草がございます、と言ったことに
対して、陛下が、世の中に雑草という名前の草はありません、とたしな
められた、というエピソードである。

そして、この映画の中で描かれている天皇陛下は、そのエピソードとも
矛盾はしないし、今年明らかになった、富田侍従長のメモの発言をした
とされる天皇陛下とも矛盾はしないと思う。
だから、監督、主演のイッセー尾形とも、よくぞここまで昭和天皇とい
う実在の、謎に包まれた人物に近づけたと思うのだ。

人によっては、この映画に描かれた天皇のユーモアに対して、失敬な、
と腹を立てる人もいるかもしれない。
だけど、個人的には、チャーミングさを失わない、イッセー版の天皇の
姿に魅了をされてしまったのだ。
その仕事を成し遂げたイッセー尾形に対しては、手放しで賞賛したいな
と思った映画でした。


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harry [MAIL] [HOMEPAGE]

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