| 2007年03月07日(水) |
070307_起業家教育とは〜その2 |
寒い寒い。昨日は啓蟄だというのに、北海道ではまだ虫が土から出てくるにはちと早いようで。
【起業家精神教育の続き】 tenmanさんから、昨日の記事に関連して、日本のゆとり教育との比較のコメントをいただきました。昨日のコメントではやや不十分でしたので、もう少しコメントをしておきます。
起業家精神教育の考え方は、「自分で考え判断する」ことや「学ぶモチベーションを重視」、「実社会との壁を取り除く」ということだそうです。
実際に見てきた同席していた同僚によると、子供達にクリスマスセールで売るものを考えさせるということがあったそうです。
授業の中で子供達が自分たちで作って売るものを決めると、校長先生がお金を出してくれて、それで材料を買いに行き、子供達が自分たちでそれを作るのです。
その同僚が見てきたときは、蜂の形をしていて磁石がついたような、まあたわいのないマグネットのようだったとのことですが、これを作り売ったのだとか。
そしてそれをクリスマスパーティで親たちが買ってお金にするのですが、こういうことを幼稚園でやらせているというのです。
中学校では、キオスクと呼ばれる校内売店の運営を学生にさせているそうです。
* * * *
そこでこういうと、「なるほど、『起業家精神教育』とは意欲ある商売人を育てるのか?」と思われるかも知れませんが、ここで言うのは、決して狭義の起業家を育てようというのではなく、なんでも実地にやらせる、考えさせることを重視するというところが重要です。
そこで私は「そのような授業は、学校のどの科目で行われるのでしょうか?社会科ですか?」と訊いてみました。
すると川崎先生の答えは「全ての科目で行うことができるでしょう」という答えでした。そのこころは「例えば、六年生の算数で平均という概念が出てきます。すると、それを単純に教えるのではなく、『オリンピックで選手を決める決め方にどのようなやり方があるか』ということで考えさせます。そこで過去何回かの大会の成績の平均で選手を選ぶか、成績に幅が少ない選手がよいのか、あるいは他に決め方があるのか、といったことを考えさせるのです」 「なるほど」
「それらの問には答えはありません。しかし実際の社会で生きると言うことは、答えのない社会に答えを作るものなのですから、こうした問を発し答えを求めるという過程を繰り返すのです」
ふーむ、私もまだ理解が不足していて、てっきり総合学習で商売を考えるという事のように考えていましたが、ねらいはもっと広いところにあるようです。
先生は「フィンランドもかつては学習指導要領のようなものが分厚くつくられていたのですが、それを地方分権して、学校の裁量を極めて大きくしました。指定の教科書もなくしました」と言います。 「それでは先生は大変ですね」
「大変だと思いますね。先生達には『教科書を教える』ということを求められるのではなく、要求される水準の生徒に育てることを求められるのですから」
まさに我々の社会でも変革しつつある、「アウトプット」から「アウトカム」の先駆けを教育分野で行っているのですね。
ともすると、教えてできないのは生徒のせい、という割り切りで済ませてしまっているところがあるかも知れませんが、それならばできない子に対してどのようにサポートをするのか、ということまでを考えている、とも。
日本の社会、行政、親、そして先生がこの考え方について行けるのでしょうか。しかし知識の詰め込みではなく、常に達成感を感じるような教育を通じて、物事に立ち向かって、強調しながら前に進み問題を解決して行くという精神をもった子供達を育て上げなくては、21世紀のグローバルな世界を生き抜くことは地域としても国としてもできなくなるような気がしてきました。
教育の責任は重い。先生だけでなく、親としても重いテーマです。
* * * *
川崎先生に参考になる図書を推薦して頂きましたが、「フィンランドに学ぶ教育と学力」が良いですよ、とのことでした。
これは読んでみなくては。
(参考) 「フィンランドに学ぶ教育と学力」(庄井 良信 (著), 中嶋 博 (著):明石出版)
|