掛川奮闘記

2005年08月05日(金) 050805_シーニックバイウェイの座談会

 一日会合ばかりがある日。だんだん忙しくなってきましたが、これを乗り切らないと夏休みは来ないのだ。


 今日は、
■シーニックバイウェイの座談会 の1本です。

【シーニックバイウェイの座談会】
 夕方から国土交通省の広報誌である「国土交通」の9月号に掲載予定のシーニックバイウェイ座談会を傍聴する。

 シーニックバイウェイは道路を軸とした地域振興施策で、北海道発の先駆的な取り組みである。

 そのねらいは、北海道の雄大な自然環境を生かした、地域との協働による沿道景観の向上と活用を図ろうというもので、二つのモデルルートでスタートし、今年の5月から本格的な制度として上記のモデルルートに加え、東オホーツクシーニックバイウェイを加えた三カ所でスタートをしたのである。

 国土交通本省でもこの北海道発の取り組みには大いに注目をしていて、広報誌「国土交通」では4月号からなんと5回にわたり特集を組んでいるほどなのである。
 
 今日は、その6回目で最後の特集として座談会がくまれ、北海道開発局に加えて、シーニックバイウェイを研究者の立場で支援してくださっている筑波大学の石田東生教授、それに支笏洞爺ルートからは「ニセコ要諦再発見の会WAO」の古谷和之理事長、大雪・富良野ルートからは菅野順二氏、東オホーツクルートからは高谷弘志氏をお招きして、この2年間にわたる活動のいきさつや現状、そして今後の方向性などを語っていただいた。

 面白かったのは、皆さんが一様に「今でもシーニックバイウェイとは何なのかがよく分からない」と言う事で、それでいながら「なにか面白そう、今までとは違って何かができそう」という印象を持っていることである。

 そしてその最大の要因は、わが北海道開発局のY調査官の活躍であり、彼の卓越したネットワーク力と真剣さとおおらかさが、出会う人たちになにがしかの期待を持たせる事に成功していることなのだ。

 もっとも、そうしてシーニックバイウェイに加わってからの後はもちろん地域の皆さんたちの本気の活動があっての今日なのである。

 共通しているのは、参加者がみな楽しんで、無理をせず、やれる範囲でやっていこうと思っている事。

 古谷さんは「ゴミ拾いを自分がやってみて、初めて楽しいものだと思った。それまでは『義務感でやっているのだろう』と思ったのだけれど、やってみると落ちているゴミを見つけるのが楽しくなり、前を歩いている人が広いそびれたゴミを見つけると嬉しくなる。やってみないと分からないものですね」と言う。

 東オホーツクの高谷さんは「最近知床が世界自然遺産に登録されて地域にとって嬉しいのだけれど、とても知床だけで観光客が満足したり、そこで旅が完結するわけがない、と地域の人たちは皆思っています。だからそこを重要なポイントとしつつも、地域の連携で受け止めなくてはならないことがたくさんあるのです」と考えている。

 さらに「私は網走に住んでいるのですが、知床は斜里町の事だと思っている人が多い。自分の住んでいる町以外は眼中にないんです。悪い意味で郷土愛が働いているのかも知れません。もっと広域的に視野を広げると楽しい事が一杯なのですがね」と笑う。

 富良野の菅野さんは「カギはやはり自主財源を持って、自立出来るかどうかと言う事だと思います。開発局の皆さんは熱心だし、リソースセンターの人たちに助けられた事も多いけれど、いつまでも依存体質ではいけないとも思っています」とさらに前向きだ。

 菅野さんのチームでは、自主財源を獲得するために地域で公募した写真を使って切手シートを作成し、これを売るということを始めたのだとか。これまた立派な挑戦だ。このような挑戦の一つ一つが、後に続く者たちへの一里塚になってゆくことだろう。

    *   *   *   * 

 北海道のシーニックバイウェイが特筆すべき成長をなしつつあるのを、全国の地域でも注目していて、視察者が絶えない。

 古谷さんに言わせると、「以前小松さんが視察に来てくださったときに、私たちが3人で説明をしましたけれど、聞いてくれる人がいるとそれだけで気持ちが高揚してくるんですよ。夢みたいな事や嘘八百をならべましたけど、それが私たちの誇りだったりプライドだったように思えるのです。こんなことはシーニックバイウェイに参加する前には無かった事でしたよ」なのだそうだ。

 女性は注目されて見られることでさらに美しくなると言うが、まさに注目される事でさらに活動に磨きがかかるという事があるのだろう。


 私も大いに応援したい活動だ。北海道へ来たら合い言葉は「シーニックバイウェイ」なのだ〜! さ、ドライブに行きましょ。


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こままさ