雑  感  徒  然 
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覚え書き『池田三郎次の憂鬱』(仮題)
2003年12月15日(月)

「先生!くの一と勝負しましょうよ!」
と、三郎次は訴えた。
「いやだね」
と、野村は言い、去った。
間髪も入れずに否定された三郎次は、授業が終わって、その場を立ち去っていく担任を、茫然として見つめた。
「嫌だ……って、先生……そんな…、検討も無しに…?」
答えを求めてのばした手の先に、届かない背中は、心なしかいつもよりハイスピードで離れていくように見えた−
……気のせいでは、ないかも……。

三郎次が、そんなことを言いだした、顛末はこうだ。
話のきっかけは、もう思い出せもしないのだが、同い年のくの一達と、何かの弾みでケンカになったはずで−
「無理よ−。アンタ達じゃ、アタシ達には、敵わないわよ」
「なんでだよ。やってみなくっちゃ、そんなのわからないじゃないか…」
言い返した三郎次の言葉に返されたのは、喧嘩腰のセリフでも、直接的な反論でもなく、女の子達のクスクス笑い−
「いっやだぁ〜。わかるわよー」
代表するように、その笑いを言葉で説明したのは、ユキだった。
「同い年の男の子なんて、ガキよ、ガキ」
その一言に……
反論のままならないほど、正論とも言えるその一言に、三郎次の二の句など、あるはずもない……。
残ったのは、『心の傷』ならぬ『ココロのキズ』だった。

二年い組には、目標が張り出されてある。
『うがいをしましょう』『手を洗いましょう』というような目標ではない。
それは、『勝負禁止条例』……という、おおよそ他の組では見受けられないようなふざけた−
本人達(?)にとっては、とても大まじめで、とても死活問題にあたる、目標の最優先事項であった。
達筆とはとても言い難い野村の字ではなく、能筆家の松千代が書きしたためた張り紙が、窓の横ほどに張り出されて、いつも風にゆらゆら揺れていた。
風に吹かれるような、心許ない目標……。
もともとは、野村の字で書かれてあったのだが、あんまりにも信憑性のなさに、松千代が書き直した−いや、無理矢理書き直させられたのである。
以前よりは、信頼が増した感がないでもなかったが。
三郎次が意気消沈しながら、肩越しにため息をつきつつ教室へ入っていくと、その張り紙の前に組中のものがたむろしていた。
「どうしたの」
「三郎次」
左近が三郎次の袖を引き、見ろよ、と指先で視線を促す。
三郎次は。それを見た瞬間、唖然とした。
そんなに、嫌?
……先生、そんなに……嫌!?
『目標』に掲げられていたのは、今まで二つ。
一つは、大木雅之助と勝負しない(授業を円滑、かつ期間内に終わらせるため)
一つは、一年は組と勝負しない(余計な争いごとに、巻き込まれないように、防衛)
その横に、松千代の字で増やされていたのは、

『くの一と、勝負はしない』

乾ききっていない、黒々とした墨跡が、直前に書きしたためられたことを示す。
つまりー
今の一瞬で、野村が、事情をまるで得ない松千代を無理にひっぱてきて、書かせた
(とういこと……だよね……)
想像をめぐらせて、三郎次は開いた口がふさがらなかった。

−−−いつか本編に続く−−−




阿々島将