きりんの脱臼
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2003年07月29日(火) 村上きわみ

「あ」と言ってみて。次はなにいろの空?   なかはられいこ



鮮魚売場をおろおろしながら歩いていた。
おろおろというのはつまり、
何かのさきぶれみたいなものなんだけど。
世界がおしなべて黄色く見えていたから、
「ああ、来る」と、身構えた。
何が「来る」のかはわからない。
いつだってわかった試しはない。
でもとにかくそうやって歩いていた。

それが目にはいったのは、そこだけ浅かったから。
浅い水が、寒天のようにぬらぬらひかってる。
「あ、桶だ」と思って見ていたら、
「盥といってほしいな」と、“それ”が喋った。
うなぎだった。しかもアルビノの。

「いま、アルビノだって思っただろう?」
と、うなぎが言う。ちょっと心外そうな声で。
「だって、とても、しろい」
「しろうなぎと呼んでほしいところだが」
「しろうさぎなら知ってる」
「いなばの?」
「ん、いなばの」

うなぎは、
「自分は鹿児島産なので、薩摩のしろうなぎだ」と言って笑った。
「うなぎが笑うの初めて見たよ」と言うと、
「失敬な」と言ってまた笑う。
よく笑ううなぎだ。
とはいえ、それは笑顔というよりは、
筋肉のひきつれのようにも見えるのだけれど。

「問題は、」と、しろうなぎは構わず話を続ける。

「問題は、さきぶれなんだ」
「なんの?」
「なんのさきぶれかはともかく、君が感知しているそのさきぶ
れのようなものを、どう使いこなすか、じゃないかね」
「使いこなす?」
「そう、使いこなすというのは、つまり、通してやることなん
だけど。キャッチして、からだを通して、逃がしてやる」
「え、と、しろうなぎ、あなたの言ってることわかんないよ」
「君はキャッチしたものを全部ためこんでいるだろう? ため
こんだものは使えないんだ。第一、君の水はとても濁っている」
「水? 濁ってるの? わたし」
「ひどく濁ってる。それに、君はちっとも笑わない」
「あなたは笑いすぎだよ」
「ああ、君はなにもわかってないんだな」

うなぎは「やれやれ」という顔をして、また笑った。
ほんとによく笑ううなぎだ。
「世界よく笑ううなぎ選手権で優勝できそうだね」
と、言ってみる。
また笑うのかと思ったら、急にふさぎこんだ顔をして、
「それは君が考えているよりずっと難しい」と言った。



「陽子!」


お母さんが呼んでいる声がする。
お母さんはさっきから、
台所洗剤とハミガキ粉の間を緩慢な動作で行き来していた。
買物をしているときのお母さんはいつもだるそうに見える。
まるで映画に出てくる食後のイタリア女みたいだ。
もう行かなくちゃ、
うなぎに声をかけようとして振り向くと、
桶の中は空になっていた。
どこからか「盥といってほしいな」という声がした。
「どこ?」と、あたりを見回すと、
今度はもっとはっきりした声で、
「陽子、強い水になりなさい」と、“それ”は言った。



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