きりんの脱臼
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2003年06月19日(木) 村上きわみ

夕焼けはいくつもの質問のひとつ    なかはられいこ



前略
手紙をありがとう。

廊下ですれちがっても知らん顔しているのに、家に帰ると君からの手紙が
届いているというのは、なんだか不思議です。
あ、ええと、いい意味で不思議ってこと。
僕からはこれで何通目になるのかな。
今日は君に聞きたいことがあって書いています。

おぼえていますか。
いつだったか、生徒会の仕事で遅くなった日に、まだその頃は、僕も君も
お互いのことをどこか煙たく感じていて、ろくに話もしたことがなかった
んだけど、あの日は仕方なくという感じで一緒に帰ったんだったね。
君は、緊張しているのか怒っているのかふてくされているのか、さっぱり
判断のつかない微妙な表情のまま、口を真一文字にむすんで歩いていた。
今だから言うけど、あの時の君、ほんとかわいくなかったよ。あまりにも
かわいげがないので、僕はわざと、君のきらいなオリビア・ニュートン・
ジョンの曲を歌ったんだ。おぼえてる? 

歩道橋の階段をひとつふたつのぼったあたりで、僕はあの男に気づいた。
あの濁ったうすみどりのコートは、母さんがあいつに買ってやったものな
んだ。まだふたりが仲の良かったころにね。母さんは昔から趣味が悪いん
だけど、なかでもあのコートはワースト3に入ると思うな。
とにかく、僕はあいつに気づいて、それからあいつが僕の方を見た。それ
から隣に立っている君をなめまわすように見たんだったね。

「やあ、シンヤ、元気そうじゃないか」と、あいつは言った。
「こちらのお嬢さんはガールフレンドかな?」と、君を見て笑ったよね。
僕はすっかり頭に血が昇ってしまって、たぶんなにか口走ったんだと思う。
よくおぼえていないけど、本気であいつを殴りたかったんだ。ほんと言う
と、母さんのこともどうでもよかった。ただ、とにかくあの男をぶちのめ
して、あのうす汚いコートをどろどろにしてやりたかった。

その時だった。君が僕の腕をつかんで何か言ったんだ。何を言ったのかは
わからない。ただ、ハチドリのホバリングみたいな、低いジィーッという
音が聞こえてきて、それからどんどん視界が暗くなっていったっけ。意識
が一瞬遠のいていくのがわかった。君があいつのそばに立って、微笑みな
がらからだのあちこちに触れているのが見えた。あいつは最初にやにやし
ていたんだけど、急に顔が真っ青になって、それから無表情になって、そ
の場を離れていったんだったね。

気がつくと、僕たちは歩道橋のまんなかで、ぼんやり夕焼けを眺めていた。
「夕焼けって好きじゃない」とだけ、君は言ったね。

長い手紙になっちゃったな。
君に聞きたいことがあると最初に書いたんだけど、あの日のこと、思い出
しながら書いているうちに、何を聞くべきなのかわからなくなってきた。
たぶん、これは、質問というより、べつの何かなのかもしれないね。でも
べつの何かってなんだろう。君にはわかってる?

では日曜日に。自作の凧、完成したんだ。日曜に持っていくからね。


  アカネさま
                           シンヤ 拝


追伸
このあいだのカフカはもう少し貸しておいてください。かわりに、最近読
んで面白かったボリス・ヴィアンを貸してあげます。これも日曜日に。



まずここにできるだけ美しいまるを描いてみせて。たぶん、そこから。  村上きわみ


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