危険域。 Master:(c)夏目

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2005年03月05日(土) ■
夏目 ― 卒業式 ―




 答辞



 通学路から見える梅の花の姿に春の息吹を感じる今日このよき日に、私達のためにこのような盛大な卒業式を挙行して下さいまして、誠に有り難う御座います。
 今、この場に立ち、三年間の高校生活を思い起こしてみますと、数々の思い出が浮かび上がってきます。一年、二年の研修旅行は共に、新しい友人をつくるいい機会となり、そして又、クラスメイトの新たな一面を発見することもできました。はじめての体育祭は雨で縮小され、そして二年の体育祭も又、雨で大幅の縮小となり、私達は二年連続で体育祭を経験することができませんでした。そして文化祭では、朝は早くから、放課後は最後まで残り、疲れた顔をしながらもどのクラスも負けじと準備に勤しんでいました。中でも舞台発表のクラスの意気込みは、教室越しにも伝わってくる勢いでした。
 季節は巡り、受験を現実問題として間近に控えた三年に進級した時、入学した時以上の不安や悩みを多くの人達が抱えていたことでしょう。そんな中での修学旅行は、一時、受験の重圧から解放され、とても心癒される時間となりました。歴史文化を直に感じられる神戸市内散策や、広島原爆ドームの見学、そして原爆被災者の方からの体験談には戦争の悲惨さを改めて思い知らされました。
 最後の体育祭では、各クラスのダンスリーダーが中心となり、ひとりひとりが限界まで努力を惜しまず、辛い練習を重ねて学年全員で完成させた鳴子演技「Shibuki」を発表しました。「これだけの人数が何かひとつのことに打ち込み、それを完成させることはめったにあることじゃない。これから先、どんなに苦労してもこれを思い出せば勇気が出る、我が子にだって誇れる。胸を張って踊ればいい」と言う体育の先生のお言葉を胸に刻み、様々なドラマを繰り広げて漸く出来上がった渾身の一作「Shibuki」を意気揚々と踊り、実に様々な方々からお褒めのお言葉を頂き、アンコールの声まで上がったと聞いた時は感極まる思いでした。いつになっても、忘れ得ぬ大事な思い出です。
 そして最後の文化祭では、はじめての食堂運営に、それぞれのクラスの個性豊かなメニューが並びました。技巧を凝らした各クラスの装飾に、驚かれる先生方が多かったと聞いた時は妙に誇らしい気分でした。中でも、広島の原爆ドームを主題にし、クラス内に原爆ドームを造り上げ平和を訴えたクラス、本物の笹を持ち込み、まるで時代劇さながらの茶屋を再現したクラスには感動致しました。
 私達は、この○○高等学校でかけがえのない多くのものを得ることができました。中でも、友人との出会いは大きな支えとなりました。楽しかった思い出の中には、必ず友人の笑顔があり、そして同じように苦しい時や辛い時も必ず友人がその支えとなってくれました。私達は、この○○高等学校で出会い、育み、築き上げた友情を決して壊すことなくこれからも大切にして行きたいと思います。
 そして、熱心に根気強く指導を続けて下さった先生方との出会いも又、得難い大切なものでした。手を煩わせ、幾度困らせ怒らせたか知れません。けれど、最後には笑って許して下さる先生方の心の広さに、どれほど救われたことでしょう。家のこと、友人のこと、将来のこと、実に様々な悩みを打ち明け、人生の先輩として優しく時に厳しいお言葉を頂き、先生方ご自身の姿から学んだことも、実に多くありました。
 私は、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、実行あるのみ」という言葉を先輩から受け継ぎ、今日この時まで様々なことを学びながら歩んできました。ここにいる335名も同様に、各々の信念を胸に、この日まで歩んできたことと思います。そしてこれから、更なる知識と技術を求めて進学する者もいれば、自分の力で自分の道を歩いていこうと一足早く社会人になる者もいます。ひとりひとり歩んできた道やこの先にある未来は違うと思いますが、私達が歩む道には数多くの困難がまるで津波のように押し寄せてくると思います。けれど、私達はこの困難に怯むことなく、逃げ出すことなく、全力でそれを乗り越えることができるはずです。この○○高等学校で培ったあらゆるものが、自分自身を支える糧となり、困難に打ち勝つ力となります。周囲に、そして自らに負けることなくこの厳しい社会へと、私達は歩き出したいと思います。しかし、この世に不思議なことなど何もなく、あらゆることが当たり前のように目の前に現れ、その度に私達は悩み苦しむことでしょう。そんな時は再び、母校○○高等学校を訪れ、先生方に教えを乞うことがあるかも知れません。どうぞ引き続き宜しく御指導下さいますようお願い申し上げます。
 最後になりましたが、三年間お世話になりました校長先生をはじめとする諸先生方、御来賓の皆様、そして娘の成長をいつも見守っていてくれた家族に深く感謝を申し上げると共に、○○高等学校の今後益々の御発展を願い、御健康と御多幸をお祈り致します。そして、卒業する仲間達のこれからの活躍を心から願い、答辞とさせて頂きます。

 私は、笑顔で○○高等学校を卒業できることを、誇りに思います。

 平成十七年三月五日
 卒業生代表 夏目嶺姉






 さて、卒業式でした。
 朝から妙なテンションの上に、何やら実感がわきませんでしたねぇ。
 学校についてからはアルバム片手に寄せ書き集めて、フラッシュがそこかしこで光る光る。
 夏目もあんまり仲良くない子と撮ってみたり(笑
 もうテンション上がってるんでなんでも楽しいんですよ。

 そして体育館に入場。
 そわそわと落ち着かない夏目は、答辞のことを思って緊張気味でした。
 しかも席は、ど真ん中の一番前。
 11クラスある夏目の学年で、夏目は6組だったものですから…うまい具合にど真ん中に我がクラス並んじゃったんですね…;;
 しかし、式がはじまると緊張がなくなりました。
 なんか実感がなくてですね、イマイチリハしているような感じでした…。
 総代として前に賞状もらいに行ったときも、全然緊張してなくて…態度が投げやりだったかも…アハ(汗
 そして、現会長の送辞が終わり、夏目の答辞の番が来ても緊張感がない。
 ってか、読んでるって言う実感がわかない。
 そして、涙の欠片もこぼれてこない…ッ!!
 しまいには、答辞の中に意識的に盛り込んだ名言を読んで、にやりとさえしましたねッ!(ヲイ
 結局、大した感動もないまま、体育館を後にしましたとさ。


 答辞に盛り込んだ名言に、やはり何人かは気がついていたそうです(笑
 やりやがったなと言われましたv
 最後の最後にしでかしましたvv
 これさえやれれば思い残すことは以下略
 楽しかったです。

 先輩方も見送りに来てくれて、後輩達も来てくれて、有り難うございました。
 そんな状況下でさえ泣けない自分が許せない…。
 でも感動屋のみなみと泉田でさえそんな泣いてなかったから、今回は大して感動するような式でもなかったのよね…。
 あとでみんなで話してたんだけども。

 「去年一昨年と、先輩達の卒業式を見ているから、どれだけ自分達の卒業式が適当に行われているかわかって、冷める」

 ってことなわけです。
 適当なのは先生方じゃないです、言わずもがなです。
 自分達がやってきたことですから、どういう風に動くべきかとか、どうすれば綺麗だとか、そういうのわかっちゃうんですね…嫌なことに。
 だから、荒ばかり目に付いちゃって…逆にどんどこ冷めて行きました。


 夏目ももっと泣けること答辞で言えばよかったなぁ。
 製作時間が一日だったもので、大した内容盛り込めなくって、我ながらつまらない文章だと思うんですよ…。
 まぁ、「この世には」の名言入れられただけまだマシですけど…自己満足なんで。
 まだまだ修行が足りませんね。


 そして教室戻って諸々もらって、アルバムを持って校内を東奔西走。
 先生からの寄せ書きを求めてひたすら走る、怒鳴る、並ぶ。
 目的の先生粗方もらったんですがね、まだもらえなかった先生方がいる…ショボン。
 今度アルバム持ってガッコ行こうかなー(ぇー
 因みに、三月中はまだ高校生なんですけども、学校に遊びに行く分には私服でもいいそうです(当たり前
 ぅわーん、すぐ行く。来週にでも行く!(早ッ


 なんだかね、もう制服を着ないのだと思っても実感が…。
 またワイシャツに腕を通して、スカートはいて、紺ソはいてさ、学校行きそうな感じなんですよねぇ…。
 三年間は短い…。
 あと一年ほしいな。
 一般生徒として通いたいもの。
 もーなんも言われんでね、ただひたすら。
 楽しかったかなぁ。
 大変だったけど。
 得難い経験ではあったし。
 色んな人と関われたし。
 色んなことあったし。
 きっと、もう一生できないようなことやったしね。
 そう思えば感謝かな。
 終わっちゃえばあとは笑い話だから。
 大変だったし辛かったし嫌だったけど、楽しかった。
 やれてよかったかも。
 うん、だって結局楽しかったから、多分。
 愛すべき友人とも出会えたし(笑
 これからね、きっと色んなことあるんだろうけど、夏目は多分、高校以上に濃い時間を過ごせることはないと思う。
 なんとなく、今ならわかるかな。
 大人が言う「高校生活は人生の中で一番大切」っていうの。
 すんごい楽しかった。
 きっとみんなこんな感じなんだと思う。
 もっともっといたかった。
 誰もが思っていることじゃないだろうケド。

 でも、まだ終わらない。
 繋がっていけると思う。
 またね、今年の体育祭とか、文化祭とか、行きますから(笑
 来年ね、卒業式遊びに行きますから。
 少しずつ少しずつ、繋がりがほどけていっても、でも確実に、続くと思う。
 いたという事実が変わらないのなら、きっといつまでだって。
 楽しかった。
 ありがとう。
 大変だった。
 でも平気。
 色んな人がいたね。
 色んなことがあったね。
 でも、笑ってるから。

 みんなと遊べて楽しかったよ。


 ありがとう。



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