道化者の憂鬱...紫(ユカリ)

 

 

密売 - 2007年02月07日(水)

僕が彼女を呼び出した。
土曜日の昼前。
ファーストフード店で、待ち合わせをした。

「遅いっ!」

僕が席につくなり彼女は怒鳴った。

「ごめん・・・」

「ちょっと、アンタがすぐ効くの持って来いって
言うから、仕方なく新宿の親分に頼んで出して貰った
んだからね。「速攻で効くヤツ」って頼むからさぁ」

彼女は憎々しげに、煙草の煙を吐き出した。

「昨日の夜中に、泣きそうな声で電話してきて遅刻?
はぁ?ありえないんだけど・・・」

僕は唇を噛みしめ、真っ青な顔で何度も
小声で謝罪の言葉を述べた。
額には、脂汗が吹き出し始めた。
そんな顔の僕を無視するように、彼女の言葉は
止まることを知らない。

「あ〜あ。売人なんかやってらんないよねぇ。
面倒な客ばっかでさぁ。マジでやってらんない。」
投げ出す様に吐かれた言葉。

豊満な身体に貼りつくラメ入りのミニ丈
黒ワンピに、ショート丈の白いファーコート。
網タイツにピンヒール。派手なメイク。

のどかな住宅街のファーストフード店には
全くそぐわなかった。
その姿に圧倒されて、つい僕は小声になってしまう。

「なぁ・・なぁ!!本当にすぐ効く?!」

シャツが背中に貼りつく。
嫌な汗をかいているという証拠だった。
彼女は僕の言葉が、相当、気に入らなかったらしく
さらに声を荒げて言い放つ。

「あのさぁ、うちのヤクザが、これが一番早く効くって
親分と相談して、こんな下っ端の私にわざわざ探して出して
くれてんだよ?しかも、私、六本木から新宿に移動して
アンタの為に、わざわざ取りに行ったんだけど。
ちょっと私の事、ナメてない?
マジムカツクし、渡さないで帰ってもいいんだよ!」

「いや、そういうんじゃなくて・・・いや・・・
本当に、辛いんだよ・・・。」

弁解がましく、しどろもどろになてしまう自分に嫌気が さした。
額の汗は噴き出していた。
我慢出来ない。
次第に貧乏ゆすりが激しくなる。
早く楽になりたかった。

「なあ・・。頼むよ。」

喉から手が出るくらいに欲しかった。
この辺りじゃ、調達出来ないブツ。
だから、信用してる彼女に電話をした。

「なっ!早くしてくれ。頼むよ」
半泣きの声で懇願した。

「仕方ないなぁ。」
鼻で笑って、彼女はバッグから、いびつに膨らんだ
茶封筒を取り出した。
引ったくるように受け取って中身を確認した。
安堵の表情が広がった。

「幾らした?払うよ。」

「いいよ、取りあえずこれで、試して効果が
あったら、その時に大量に買って貰うから。」

気怠そうに、彼女は煙草に火をつけ吐き出した。

僕はその時になって初めて辺りの会話が聞こえない事に
気がついた。店内のBGMは、間抜けな位に
明るい声で新製品のでかいバーガーの紹介をしていた。
家族連れで満席状態になっている店内。
どのテーブルも無言のまま、ちらちらと視線を僕らに送って くる。
顔色の悪い茶髪で無精髭の僕と、
場にそぐわない服装の彼女といびつに膨らんだ茶封筒に
視線が注がれていた。

「あのさぁ・・・」

「何?!」
彼女の機嫌の悪さは、消える事は無い。
貧乏ゆすりが激しくなる。
身体が震え始める。
もう我慢の限界だった。

「ちょっとごめん。」
僕は茶封筒を引ったくるようにして、トイレに 走った。

数分してから席に戻った。
確かに即効性はあった。
僕は薄ら笑いすら浮かべて席に戻った。

彼女はその様子を満足気に、眺めてから愚痴り始めた。

「あ〜あ、しかしやってらんねぇ。ヤクザなんかさぁ
ロクに働かないくせに、すげぇ良い金を貰ってんだよ
マジで、バカバカしくなるよ。本当にさぁ。
もう、この仕事マジで辞めたいよ。休みなんかほとんど
無いし。ヤクザは休み放題なのにね。でも、辞めないでくれ
って親分に頼まれてるしさぁ・・・あ〜あっ!!」

目の前のコーヒーを一テーブルに叩き付けた。

「ほんとに、マジやってらんない・・・」
疲労が色濃く出た顔で、溜息まじりに呟いた。
辺りは相変わらず静まり返っていた。

久しぶりの、希望通りの休日前夜。
彼女は昨日は六本木のクラブで
お気に入りのDJで、狂ったように踊れると
随分前から、楽しみにしていた。

しめくくりの明け方、彼女のお気に入りのDJが登場。
演奏が始まるちょっと前に、僕は携帯に泣きながら電話した。
クラブを諦めた彼女は、明け方に親分とヤクザに会い
相談したのだろう。

その結果がこれだった。
悶えている僕に始発で持ってきてくれた。
それは、有り難い。
本当に楽になりたかったからだ。

「ところでさ、その言い方、止めてよ。周りの視線わかる?」

頭を低くして僕は囁いた。

「君が仲良くしてる店長のあだ名は、親分だし
薬剤師は、確かに仕事してないのも解るけどさぁ
ヤクザはマズイだろう。それに今日のメイクに服装じゃ、
相当、勘違いされるって。」

いつもは、電話やメールで彼女の仕事場の上司の愚痴を、
あだ名で大笑いして聞いていた。
しかし、今日は状況が違う。
彼女は辺りを見回して困った顔で笑いながら
悪戯っ子の様に舌をぺろりと出し笑った。


「ごめ〜ん。寝ないで来たから、お腹も空いでるし
踊れなかったし、苛々してた。」



茶封筒の中には、数種類の胃腸薬と下剤止めの試供品が
無造作に入っていた。

一通り落ち着いた所で、二人で席を立った。

状況を察した彼女は、僕にしなだれかかる様に
腕を絡めてきた。
僕といえば、頬がそげ落ちてはいたが
ストッパのおかげで、大分顔色が戻っていた。

「今日は、いっぱい一緒にいてあげる。」

わざと大きめの声で、甘えながら言い放って
僕らは店を後にした。

残った客の視線は、僕らに釘付けだった。

通りに出て、僕らは大笑いした。

「だって、新宿店の店長は、「親分」ってあだ名だし
会社の中じゃ、誰も薬剤師の事を良く思ってないから
ヤクザって言うんだもん。私は売り子だから、売人でしょう?
間違って無いよね。で、下痢止めストッパは効いた?」

心配する彼女の頭を撫でて、笑顔を向けた。
そう、僕の彼女は、まだ入社して1年も経っていない
薬局の平社員だった。

ゆるやなな坂道を登って、冬にしては暖かい日だまりの
中で、僕らはきっと爆睡をするのだろう。


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