2003年07月22日(火) [何も祈らない手を合わせる]
|
私はよくお寺や神社へ行きます。
でも、何も身のある事を願っていない気がします。
己の事と、己の家族。最小単位のことばかり。
自分の為の祈りばかり。
他人のことを祈ってるようであって でもそれは自分のことを祈っていることに通じる。 そんな祈り。自己中心。
かつては自己の利益と相反する他人の願い事を祈ったりもしましたが
そんな私は今 どこにもおりません。
私が祈りのために合わせる手の中には空っぽの空間があるのみ。
そんな私なので古ぅい仏像に美しさを感じるのかも知れません。 かつて、祈りが真剣だったその具象化。 仏師の祈りはうつくしい。 そう思います。
++++++
そんなつぶやきはともかく (写真家さんの本のタイトルのあまりのセンスのよさにつぶやいてしまいました)
今日は本部のおじさま(おにいさま?)二人(ともに妻子持ち)と丸の内のおステキなお店で会食。
というか、お二人がいそがしくて偉い人なのにグチってしまったのがいけないんだけど。今日は「えみんこのグチを聞く会」だったのです。
グチグチ。
いやあ、自分の日記でさんざん愚痴ってるけど実際に口に出すと、えみんこの場合自己嫌悪に陥るんだよね。世の中にはグチって発散できる人も大勢いるというのに。
というわけで、今軽く自己嫌悪です。
むーぅ。グチのみならずどうしようもなくなる前の対処法についても参考になるようなことを教えてもらいました。 日記として書き留める。ということは後有効になる。というものです。 こういうこと言っちゃうところがおにいさま達のいいところ♪
一般的に女性がグチを聞いてもらう時に男性は適当にかつ、真剣に聞いてあげる(ひたすらに聞く)ことが有効とされますが えみんこは一般的でないため、男性が男性に相談しているのと同じく解決策について話されるというのも有効なのです。
今日は切れ者のおにいさま(男性的)とやさしいおにいさま(女性的)だったので硬軟使い分けでグチも聞いてもらいーの、解決策も教えてもらいーのできました。
ちょっと呑み足りないけどな(笑)
その後やさしいおにいさま(妻子持ち)は銀座で友人との待ち合わせに消えて行き、切れ者のおにいさまはえみんこと二人っきりで呑むのを拒む為(涙)ふられたえみんこはまっすぐおうちへ帰りました。
帰宅時間23時。
「門限とか大丈夫ですか?」
とか訊かれましたが、20の年にプチ家出付き主張を行った為に 晴れて門限などございません (それまでは夏=日が暮れるまで。冬=夕方6時)
っつーか、30近い女に門限もクソもあるかい!!
(いえ、合コンのなどの場合には姑息にも門限を設定したりもしますが)
そんなに警戒しなくとも、頭っからバリバリ喰ったりしませんて。
。。。えみんこのキャラって。。。。。
なーんか、消化しきれてない感じが残るのはなぜ?!
|
|