Spilt Pieces
2010年08月17日(火)  強要
夫の実家は、限界集落。
全方向を山と川に囲まれている。


限界集落に関して誰かが何かを述べている。
あれこれ読んでみた。
頷いたり、心が痛くなったり。


地域の人たちから言われる言葉。
「早く子どもを作って、ここに住んで人口を増やしなさい」
「新婚当初くらいは2人で暮らしてもいいけど、
あなたは嫁なのだから数年以内にここに引っ越してきなさい」
苛々する。
共同体を維持したいという思いは、とても伝わってくる。
だからといって、こちらの考えは完全に無視するのはどうだろう。
願望を、押し付けてくるだけ。
その度に、苦しくなるのに。


義母は、私に救いを求めてくる。
義兄の妻である義姉とはうまくいっていない。
義父は既に他界しているが、義母は義父の両親との同居を続けている。
義祖父は痴呆で何も分からない状態、そして寝たきり。
義祖母は「私なんか」「年寄りなんか」と繰り返す。


度重なる電話。
義母の苦労は、話を聞くだけでも伝わってくる。
それでも、一年前に知り合った義母を、
自分の母のように大事にすることはできない。
時間が必要。
それなのに、どんどんと求められる。
求められるばかりは、苦しい。


野菜をもらう。
ありがたいことだと思う。
でも、2人では食べられない量をたくさん。
断ってばかりでも悪いと思って受け取ると、
「では今度農作業を手伝いなさい」と言われる。
あまりいい気分ではない。


カビだらけの風呂場。
虫がたくさんの台所。
一緒に住むように言われたら、耐えられない。
インターネットも、携帯電話も、通じない場所。
外出する度に地域の人に見られる場所。
学校も店も仕事もない。
静かすぎて、頭がおかしくなりそうだ。
少なくとも、私にとっては。


「あなたは、あなたの実家のことをどう考えているの?」
夫に尋ねても、
「考えなくちゃいけないんだろうけど…分からないなあ」
いつもいつも、煮え切らない返事。
「私は、申し訳ないけど、住めない」
そう言うと、
「俺も住むという選択肢は現実的じゃないような気がするよ」
…住みたいか住みたくないか、意思の部分はいつもはぐらかす。


何も知らずに地域に飛び込んだ頃。
いいところも悪いところもよく見えた。
純粋に、全てを受け入れているかのように見ていた人もいるようだが、
実際はそんなことなかった。
よく、泣いていた。
でもそんなこと周りは知らない。
知っている人でさえ、分かってはくれない。
「嫁」とは、呼ばれたくない。


限界集落について思うこと。
自分の子どもたちは「不便だから」と外へ出すお年寄りたち。
それでも、赤の他人になら気安く「住め」と言う。
わが子には苦労させたくないということなんだろうかと思ってしまう。


外から見た私は、とてもドライな人間なんだろう、と思う。
義祖母の延々続くネガティブな発言を、聞くのが嫌だ。
過剰に依存してくるかのような義母の言葉が負担だ。
放っておいてほしい、と願ってしまう。
子ども、子ども、子ども。
孫、孫、孫。
求められるばかりは、息苦しい。
そして考え方など無視して要望だけをぶつけられる対象、嫁。
距離を保たないと、なし崩し的に巻き込まれそうで怖い。


夫のことを、好きだと思う。
でも、夫の実家のことを思うと、苛々してしまう。
行事を弟に任せっきりの長男。
全ての責任を放棄して妻の言いなりの次男。
勝手に何でも引き受けてしまう三男の夫。


その地域出身の女性は、幼い頃からの教育の「成果」なのか、
結婚したら嫁としての役割を考えなくては、と言う。
それはそれで結構だが、違う環境で育った、
違う考え方の元に育った、私も同じであることを期待しないでほしい。
それが当然であると言う。
それが務めであると言う。
それが「普通」であると言う。
「普通」と発した時点で、考え方が狭いことに気づきはしないのか。


色んなことを考えて、考えすぎて、動けない私。
なぜ来ないのかと責める人たち。
あなた方にとっての当たり前が、当たり前とは限らないことを、
どうすれば分かってもらえるのだろう。
郷に入っては郷に従え、という言葉があるけれど、
生き方まで定められるいわれはない、と反発したい。
私の人生は、私のもの。


こう言う私は、身勝手な人間なのだろうか。
でも、誰かに捧げるために、生きてきたわけじゃない。


ちくちく痛む。
とても辛い。
いっそのこと、痛むことなく意思を貫ければいいのに。
相手の立場なんか、本当は考えたくない。
Will / Menu / Past : Home / Mail