| Spilt Pieces |
| 2003年08月28日(木) 騙す |
| 騙し・騙され生きている。 どっちがいいと尋ねられたなら、きっと後者だと答える。 何を幸せの基準とするかによるとは思うけれど。 騙されると、傷つき痛みも伴う。 だがそれは一時的なことで、自分の努力で消すことだってできる。 でも騙すと、心が痛くて、しかも消えない。 相手が許してくれるまでずっと付きまとう痛み。 騙すことによって得る利益よりも、得てしまう損失の方が遥かに大きい。 だから、騙されたいわけではないけれど、どちらかと問われれば後者を選ぶ。 答えが合っているのかどうかは分からない。 そもそも正解などがあるのかさえも不明瞭。 先日、農業体験に申し込みをした。 黙って行くつもりだった。 だが自宅通学ということもあり、家に届いた郵便物のため両親の知れるところになった。 出発直前、二人から追い掛け回されて細かい話までする羽目に。 「親として心配するのは当然のこと」 母は言う。 私もそれは知っていて、自分が同じ立場だったらやはり聞くだろうなと思う。 でも、だからこそ事後報告するつもりだった。 気持ちが分かるかどうかと、自分がしたいかどうかは、悪いことだけど別で。 「あなたの気の強さは小さい頃から筋金入りだった」 笑って言う母に、とりあえずそんなことないと抵抗してみた。 多分無駄だった。 私自身、いかに行動が急で向こう見ずなのか、そしていかに心配をかけているのか、自覚していないわけでもないから。 そういえば一人暮らしをしていたときなどかなり無茶なことを繰り返したが、報告しない上にしたとしてもほとんど事後報告だった。 我ながら、無事だから笑える話のような気がしないでもない。 とはいっても未だに同じような行動を取ろうとしているのだから、反省していない。 どれだけ無視をしても、母は私が返事をするのを待っていた。 根負けして、話すことにした。 すると父も知ることになって、夜中に大騒ぎになった。 仲介となっている団体は怪しいところではないのか、と私を問い詰めるところから始まった。 「農村体験を謳った詐欺は多いんだぞ。都会の人間が騙されやすいから」 父は強情な娘に手を焼いているかのような、困った表情をする。 挙句私が申し込みをしたと言った団体をHPで調べて、そのプログラムが実際に行われるかどうか確認するという作業を一気にやってしまった。 「騙されているかどうかばかり考えていたら何もできない」 そんなことを思った。 でも、言うとまた喧嘩になるので黙っていた。 父は私のことを「若さゆえの無鉄砲さ」だと表現した。 ある意味そうかもしれない。 だが正確にはきっと、痛い目に遭った経験が少ないがゆえの無鉄砲さなのだろう。 若くても堅実な人はたくさんいるし、年を取っても無鉄砲な人もいる。 年齢じゃない、「知らない」だけだ。 そう、「知らない」ことはときに力となりうる。 いいか悪いかは別として。 両親が知る前に、私はお金を振り込みに行ってしまった。 「今さらどうしようもないが、騙されていたらどうする気なんだ」 何も返事をしなかった。 それはそれで、どうにもならない。 信じた自分が悪いだけのことで、判断力に乏しい自らを反省するしかない。 「変な団体だったらどうするつもりだ」 やはり返事をしなかった。 自分は絶対大丈夫、と思うわけでもないが、物事の真偽くらい多少は分かる。 嘘をついている人間など、目を見れば大抵自ずと知れるものだ。 「とりあえず、私行くから」 しばらく騒いだ後に私がこう言うと、諦めた様子で行き方を調べなさいという返事がきた。 頭ごなしに叱るわけでもなく、かといって完全に放任するわけでもない両親は、きっと理解があるのだと思う。 沈黙を続けて答えることを回避した私はずるいのかもしれない。 騙されていたら仕方がない、騙すより騙される方がいい。 こんなことを言ったら、また喧嘩が長引いてしまう。 人を騙すことで得るものなど、たかが知れている。 騙されるかもしれないけれど、人を信じていられる方が、幸せだと思う。 私は理想主義者だろうか。 分からない、ただ単純に、消えない痛みなどほしくないだけだ。 世の中には色んな人がいる。 騙す人がいるということは、騙される人がいるということで。 誰かが誰かを騙して何かを得たなら、誰かは誰かに騙されて何かを失っている。 人を足蹴にして生きることは(そうしなければ生きられない状況ならば責めることなどできないが)、単なる欲望のためならば愚かで悲しい人間のすることだ。 弱い自分には、結局のところ綺麗事なのかもしれない。 それでも時折、その綺麗事にしがみつきたくなることもある。 結局のところ、騙すことしかできない弱さではなく、騙されることをも許容できるだけの強さを持った自分になりたいということで。 「騙されてもいい」と言ったなら、きっと両親は意味を取り違えて私を引き止めただろう。 「心配しないで」という言葉に、根拠があったわけじゃない。 無鉄砲だと言われて、当たっていると思う。 それでも私は、疑うことよりも信じることの方がエネルギーが必要だと思うし、そちらに力を費やしていたい。 沈黙を多用しながら、口先尖らせ拗ねた顔をして机の前に座った。 いつだって、無視をしたいわけではない。 いつもその場でうまく言葉がまとまらなくて。 騙すって、何だろう。 誰かを騙してばかりいるような人の心境や背景を知ってみたいと思うのは、別に私の専攻とは関係ない。 |
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