Spilt Pieces
2003年01月10日(金)  怒り
先日、友人に聞いた言葉。
「怒りというのは、分からないから出てくる感情」
目から鱗が落ちる思い。
やはり、何かを考えるには、自分一人の頭の中でだけ回っているのでは足りない。


そういえば、怒りという感情を覚えるとき、いつも思う。
「どうして」
「なんで」


自分には理解できないような理不尽なことをされたとき、怒りを感じるのはもっともな話。
だけど、きっとそうじゃないときもある。
自分の機嫌であったり、誰のせいでもないことだったり。
そんなとき、怒りをぶつけられた人はどう思うのだろう。
それこそ、理不尽だと感じるに違いない。


かつて、人に裏切られた。
信頼していた人だったから傷ついた。
私には、自分の傷ばかり目についた。
裏切られたのは自分なのだから、傷ついて泣くことは当然なのだと思った。
でも、忘れていた。
裏切った相手が何を思っていたのか。


考えれば、分かってしまう感情だった。
悪いのは相手だと思う。
でも、同じ立場にいたなら、私も同じことをしたのかもしれない。
だけど怒りを持続させていたかった。
本当は、許すことだってできたはずなのに。
分かってしまうことが怖かったから、目を閉じて怒ることで誤魔化そうとしていた。


人に優しくあっても、人に怒りをぶつけてばかりでも、流れる時間に変わりはない。
ならば自分の感情のままに怒りを抱いていた方が、きっと自分のためになると思っていた。
でもそれを持続させるために見るべきものを見ないのは、一体誰のためになるというのだろう。
「分からない」
本当に、そう思える間だけの怒りならば、きっと後味も悪くないのかもしれないと。
数年前、私の怒りは途中からどこか虚しかった。


決めた。
相手の気持ちがわかることに対し、無理に怒ることはやめる。
それでなめられたとしてもそれはそれでいい。
人を嫌いになると自分も不愉快になるように、怒っているときの自分を見ていると、自分自身が嫌になる。


素敵な言葉を、ありがとう。
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