2006年09月01日(金)  父性とは。
 
先日の両親学級では、7kgのウェイトを装着して父親にも妊婦の苦労をわかってもらおうという妊婦体験をしたのだが、ただ7kgのウェイトを装着しているという感じだけで、どうもあの胴着だけではいまいち妊婦の気持ちになることができない。
 
しかし助産婦さんがニコニコしながらコメントを待っている様子なので、「あぁ。なんてしゃがみ辛いんだ」「暑いですね。夏場にこれじゃあ、大変だ」「こ、腰にきます」なんて妥当な感想を述べて助産婦ならびに周囲の母親たちの期待通りの反応を得ることができたのだが、腰にきますなんて言ったけど、あの胴着では肩や腰に重さが分散されて実際腰は全然痛くなかったよ。
 
と、妻に話すと、「どうせそんなこと考えてんだろうと思ったわ」と、僕の有り体な演技に気付いており、いやしかし体験しないよりしたほうが有意義であったよ。と、体裁を取り繕うあたり、僕は何を学びに両親学級に参加したのだろうと考えることしきり。
 
まぁ妻などは10ヶ月の歳月を重ねて徐々にお腹を大きくしていくのだが、僕なんて突然これ着て下さいはい着てみますって感じで7�圓瞭甲紊鮹紊擦蕕譴董△曚藹鼎い任靴膓譴靴い任靴腓呂そ鼎い任攻譴靴い任垢覆鵑憧響曚鮓世錣気譴董△海裡鍬圓瞭甲紊飽γ紊發覆韻譴侈の�もない。これではただの表面的な共感である。周囲の父親達を見ても「まぁ……予想はしてたけど……」みたいな顔をしている。いかん共感とはこういうものではない。
 
だいたいやたら共感というものに捕らわれるからいけない。無理に共感しなくても、父親としてやるべきことをやっていけばいいのだ。僕らが磨くのは母性じゃなくて父性なのである。父性と母性の相互補完的秩序こそが家族のあるべき姿なのだよ。と、お腹に向かって話すと、妻の腹がゴニョゴニョ動く。中に小さな命がある。これが……足で……これが……たぶん頭だろうなぁと、臨月間近の妻のお腹からおぼろげなる形を示しながら赤ん坊が何かを主張している。
 

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