2005年03月26日(土)  毎日のお食膳に。
 
先日、池袋の書店で町田康の新刊「告白」が発売されており、躊躇せずに購入したが、現在、重松清の短編集を読んでおり、その後も彼女が貸してくれた宮本輝の小説、シェイクスピアの短編、あと「金正日入門」という妙なタッチで描かれたマンガ、あと途中で読むのを放棄している「グランドフィナーレ」など、遅読の僕は、この新刊を読むのはいつになることだろうと思いながら、少しでも読んだ気持ちになろうと、本日の朝日新聞に掲載されていた、この新刊「告白」の書評を読んで愕然。
 
「つまり『告白』とは、(中略)換言すれば、これは言文一致体を作りだし、新しい精神に形をあたえた日本近代文学史の陰画ともいえる物語だ」
 
何を言っているのかさっぱりわからない。こんな書評を読んで「然り!」と、感銘を覚える人なんているのだろうか。こんな書評って、俺ってすげぇ難しい言葉使ってこの作品を分析してる偉い人です。どうぞ私の書評を読んで、作家を誉めるのではなく、この難しい言葉で書かれた書評を誉めて下さい。俺ってちょー偉い人だから。書こうと思ったらこんな作品すぐにでも書けるような人物であるから。と、言ってるようなものではないか。全然意味がわからんよ。2回読んだけど。
 
たまにネットの日記やブログなどで書評を書いている人を見かけるが、ああいう書評の方がすごくわかりやすくて、おまけにアマゾンへリンクまで丁寧にしてあって、あ、買っちゃおうかな。なんて思ってしまうが、こんな朝日新聞の漢文のような難解な書評を読んでも買う気にはなれない。あと、この日の朝日新聞の1面に掲載されているキューピーマヨネーズの小さな広告に描かれているキューピーちゃんの格好と顔が、夢に出てきそうなほど怖かった。
 

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