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| 2003年08月24日(日) 珍しく友情について語る男について語る。 |
| フランスの16世紀のユマニスト、ミシェル・ド・モンテーニュは真の友情についてこのような言葉を残している。 「真の友情においては、私は友を自分のほうに惹きつけるよりもむしろ自分を友に与える」 これは僕が常日頃から感じていたことを如実に表した言葉であり、実践してきた言葉であり、同時に疑問に思ってきた言葉でもある。真の友情とはどのようなものなのだろうか。果たして「惹きつける」「与える」などの言葉で説明できることなのであろうか。 「むしろ自分を友に与える」 自己犠牲を伴う関係は信頼関係を得やすく、その度合いが深く、対象に密接であるほど友情は生まれやすい。しかし「友情とは、誰かに小さな親切をしてやり、お返しに大きな親切を期待する契約である」というモンテスキューの言葉や「友人はあなたのためではなく、自分の利益のために忠告する」というトルコのことわざにあるように友情は自分の為だけに実在し、決して他人の為に存在するのではないという逆説もあり、それが友情観を考えるにあたり苦悩のもとになる。 お互いに助け合うのならば誰にでもできる。お互いに利益を求めるのならば友情なんて手段を使わなくてもいい。真の友情とはそれらを超越したものだと思う。その関係の結果として、自然に「与えて」「惹きつける」ことができるものだと思う。親切や利益などの言葉が出てくる友情は真の友情とはいえず、それは単に、社会的な人間関係ということに過ぎない。友情関係という長いスパンを考えて、その関係を回想することがきたときに、客観的に「与えて」「惹きつける」ことができたと考えるものなのではないだろうか。 真の友情を考えるにあたり、いちばん重要なのは、自分にとって大切なことは他人が自分のことをどう考えているかということではなく、自分が相手のことをどう考えているかということだと思う。 |
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