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どれだけ

身を削って、身を捨てて、やっているのか。一人じゃ出来ないんだ。こんな時、助けを求めるんだ。助けを求める相手のモチベーションが低ければなおさら孤独になるんだ。オレとおんなじように苦しんでくれる人の心が欲しくなるんだ。身勝手な事を求めるんだ。ホントの仲間はどこにいるんだ。だけど、これだけはいえるんだ。確かにここにいるんだ。ここを信用しなくてどこを信用するんだ。それだったらここのモチベーションをあげるリーダーシップをとれないオレのせいなんだ。結局全部オレが悪くなるんだ。今、現代人が精神科医のドクターにカウンセリング受けたら沢山の人が躁鬱と診断されると思う。冗談じゃないよ!。だれがそんなカウンセリング受けるか!本当に躁鬱の人って自分じゃ気付かないだろ。カウセリング受けようと思っている時点でまだ行けるんだよ。カウセリング行くくらいなら良い音楽に触れて、良いライブを体感して、良い映画のなかに溶けこんで夢とうつつをすり替えて、本物の絵を見に行く、その動く体の行動を起こせよ。それは自分自身と向き合うって事なんだ。それは心に豊かさをもたらしてくれるんだ。現代社会はその心の豊かさを手放しているだけなんだ。自分さえ手放さなければずっといつまでも自分のそばにいてくれるものを現代は手放してカウンセリングに頼りすぎなんだ。生きていく勇気が欲しくて、死ねなくて、生きていくんだったら覚悟決めるんだ。どれだけ泣いたか。どれだけ靴の踵をすり減らしたか。どれだけ心を決めたか。どれだけ腹の底から笑ったかだ。今日のままだったら年は越せないよ。だけど明日、まだ挽回出来る可能性がウジャウジャしてるんだよ。だったら明日に期待するんだよ。容赦なく朝日が昇ってきやがろうが。

2010年12月12日(日)

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