|
12月初旬
茨城県は小山にある印刷工場に向かう 新幹線の中で
「きっと気が付けば12月中旬になっているんだろうな」と 思っていた。
小山での印刷立ち合いの量の多さでそう思った。
印刷立ち会いにデザイナーは、ほとんど来ない。
原画やポジを受け取り いかにそれを印刷で再現し、仕上げて納品するかは 任せられている。
そして今回 12月中旬までに納品しなければいけない 新しい印刷物の数が、例年とは比較にならない程、多かった。
13、14、15の3日間、ほぼ徹夜だった。
一発で色がOKになれば良いのだが
何回も色の混ざり具合の調整をし なんとかデザイナーの求める色に近付けようとするが、 うまくいかず
深夜、結局、もう一度版を作り直す判断をした時は 自分でもどうしようもなかった。
納期が決まっている。
このままでは、間に合わない。
だが色がダメなのだ。
肌色でなければいけないところが どうやってもオレンジになってしまう。
徹夜明けの午前中はゆっくり寝ようと思っていたのが かなわず、朝から大至急のやり直しの手配で眠れず
そのまま、別の印刷物の立ち合いが始まり、眠れず
眠すぎて眠れず
版を作り直した印刷物がまたもや、色が出ず
今度は黒でなければいけないところが 紫にしかならず
ヤバイと思った。
15日の深夜 正確には16日のAM4:00。
19日には 仕上げた印刷物をおさめなければいけない。
その為には 16日の朝、版を再度、作り直し 午後には色のokを出し 17日に印刷 18日に加工、出荷 19日に納品
この段取りが、その通りいくかいかないかは 考える余地もなく、やらなければいけない。
それが出来るかどうかは 16日のAM4:00の時点では解るわけもないが そうするしかない。
もの凄く眠くて、気持ち悪くなった。
この3日間、小山のどこかの ホテルに泊まれば、もうちょっと眠れたかもしれないが
小山発、始発の新幹線に乗り 東京駅から中央線に乗って 必ず家に帰った。
本当は 16日は休みを無理矢理取っていた。
だが、それは15日の印刷物がうまく行っての話であった。
腰の痛みが再発していた。 16日の早朝、まず風呂に入った。
シャワーを浴びた。
シャンプーを取ろうとして左手を伸ばした。
左の肩甲骨から背中にかけてのスジに痛みを感じた。
そのまま首が回らなくなった。
ヤバいなこりゃと思った。
風呂から上がった。
まず、寝る事が先決だった。
2時間寝た。
起きてから、段取りの仕切り直しの手配をした。
肩甲骨、背中、首筋の痛みが増していた。
そうこう、しているうちに 午前中に版が出来上がり午後1時には もう一度、印刷立ち合いが出来る事の確認がとれた。
中央線に乗った。 東京駅から新幹線に乗った。
PM1:00小山に着いた。
寒かった。
PM5:00、印刷立ち合い終了。色のOKを出した。
PM6:00、東京に向かう新幹線の中、爆睡した。
PM7:00、東小金井に向かう中央線の中、 やっと帰れる喜びが湧いて来た。
PM8:00、家に着き、夜御飯を食べた。
PM9:30、中国気功整体院に行った。
1時間コースのところ、2時間半やってくれた。
背中から首筋にかけての痛みは ギックリ腰ならずギックリ背中のため いずれ治る事を知るが 腰は結構ヤバい事を知る
良くなる方は、時間がかかるけど 悪くなる方にはすぐ、戻っちゃうね
と先生が言った。
そうだな、と思った。
中国気候整体院を出て レンタルビデオ屋に行った。
「コーヒー&シガレット」があるか聞いた。
前日に貸し出しをされていた。
仕方ないと思った。
デザインがUPしてからの この1ケ月、必ず誰かに叱られていた
緑色でなければいけないところを 青色で色をOKにしてしまい 色を持って帰って来て、「何を考えているんだ」と こてんぱに叱られた時もあった
事務所に戻れば 机のまわりはヒッチャカメッチャカだが
12月中旬までに納品しなければならない 新しい印刷物の立ち合いは16日で 一通り全て終了した。 全て、色はOKとなった。
まずは、眠る事だ。
眠りから覚めたら
元気を取り戻そう。
|