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7月17日(日)高円寺ALONEにて 己が20の時、組んでいたバンド B-girl.のライウ゛ビデオ上映会 をやろうと思っていてやまない。
前回の高円寺ALONEでのライウ゛の時 当時のバンドメンバーが2人現れ、 その時、高円寺ALONEに映像が上映出来る スクリーンを入手したという話と相重なり 打ち上げの時に、上映会の話が沸き上がった。
その後、当時のライウ゛音源やライウ゛ビデオを 探し出し、久しぶりに聴いたり見たりしたところ、 10年経った今でも、いやはやもしや今だからこそ 氷ったままのマンモスが原形をとどめて突如として 目の前に現れたような代物が横たわりちょっと驚いた。
1995年5月と言えば、 四ッ谷コタンでギターとハーモニカでジャカジャカと やっていた頃で、まだアピアの存在を知らない頃で 今となっては聴く価値も観る価値もない代物だと 思っていたら、これがいやはや、なかなかどうした事か 氷ったままのマンモスとの再会に驚き戸惑い喜びを 隠せないでいる。
1995年11月からアピアでライウ゛を開始し アピアの扉を開けた瞬間、今のBarスペースのカウンターのところに ステージがあって、天井が高くて、「ここしかない」と思ったのは 良く覚えている。 間もなく、ソロ活動は四ッ谷コタンを辞め、アピア1本に絞り 「B-girl.」と平行してライウ゛活動を続けていた。
「B-girl.」は結局、2年間で解散し、その後オレはバンドを組んでいない。 この2年間はバンドの楽しさを充分味わった2年間だった。
単純に最高に楽しく、ゴキゲンで最高の仲間とバンドをやるという意味では 己にとって「B-girl.」以外考えられない。
またバンドを組みたいなどと言った、安直な考えは浮かばない。
本職はバンドだからとか、ギター1本でやるとか そんな気持ちで音楽と接してはいない。
今の自分の曲には自分の体の中で パーカッション、バイオリン、ピアノ、 さまざまな生きた音が鳴っている。
そして、願わくば、感性鋭い、ミュージシャンの人達と 自分の曲で音を出したいというのはずっとずっとあるが それはバンドを組むというのとはまた違う。 バンドは「B-girl.」で充分だ。お腹いっぱいだ。
体に来るライウ゛ 己の世界を昇華 一人で出来るようにならないと その道で本物を目指すミュージシャンの人達と 音なんか出せない。出してもらえない。
今は、一人での表現の道に足を踏み入れ 毎回、毎回、ライブ前は緊張で張り裂けそうで 爆発しそうで、恐くて、勇気が欲しくて 苦しい道へようこそ。いらっしゃい。
オレはオレが好きだ。 音が好きだ。 色が好きだ。 声にならないものが好きだ。 踊りが好きだ。
7月17日(日)高円寺ALONEでの 「B-girl.」上映会
出来れば、ここ1,2年のオレのLIVEを観た人達と 時間を共有出来たら良いと思っている。
始めの10分程、スクリーンに 10年前の氷ったマンモスが現れる前、 LIVE音源を流し、
オレが軽く挨拶
そして 1995年5月の氷ったまま原形をとどめているマンモスが 約30分スクリーンに写し出され
その後、今の自分、これからの自分、 来てくれた人達のそれぞれの今、これから、
生きたコミュニケーション 酒を飲み、近付けたら良いと思っている。
今じゃ決して出来ない事を 何の迷いもなく、躊躇もなく 氷ったまま原形をとどめているマンモスはやっている。
7月17日 決して懐古主義的なものではなく、 内輪受けでもなく、 これからにつながる、生きたコミュニケーションを 交わす夜に自然になれたら、最高。
その前に人が来るのか?
後日、少し宣伝をせねば
もしや普段の自分のLIVEより人が集まったら それはそれでおおいに複雑だ。
複雑だ
複雑だ
が
それもまたよろし
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