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未練がましい話


これといった禁断症状は

特に無い。

何の事は無い

「ここで吸ったらうめ〜だろ〜な〜」

って時は

のこのこのこのこ

吸ってるから

ないのさ禁断症状。

ただ

明らかに本数は減った。

僕は俗に言う

チェーンスモーカーで

隙間を埋めるように

鎖がからみ合うように

吸う時がある。

言ってみれば

煙りは僕のエンジンさ。

何かが終わると、まず吸う。

そしてまた始まるまで吸い続ける。

ガソリン満タンにするように

区切りと区切りの間で

煙りに満たされ、隙間を埋める。

何かの途中でも吸う。

日常のちょっとした隙間で吸う。

朝起きた時、歯を磨く前、磨いた後、出かける前、出かけた瞬間、駅に向かう途中、電車乗る前、降りた後、改札出た後、朝だけで既に10本、同じように昼までに、夜までに続くひとつひとつの何気ない日常の区切りで吸っては、煙りがエンジンとなり次の行動に移っていた。何かを考えている時は、思考が途切れる度、次の新たな思考が生まれるまで吸って吸って貯めてまた吸って。

僕のガソリンだった。



そんな事しなくても

エンジンは動く事に

本数を減らした事で気付いた。

どうやら

吸わない事で

頭がこわれたり

体が粉々になるような事は

ないみたいだ。

そして

ある事に気が付いた。

吸いたいと体が要求するのは

周期的にやってくるもんで

その時、体はじわじわホテってくる。

そして、そこを吸わずに

「ま〜いいじゃね〜か、吸わなくたって、たいしたこっちゃね〜」

って体に語りかけると、

頭がボ〜っとしてきて、

これを僕は勝手に

「解脱」と呼んでいる

そう「解脱」

ま〜

そんな大げさなもんじゃ無いけど

ま〜そう呼ぶ。

何かが違う。

まわりの景色や体の中が

今まで経験した事無いような

いや、ひょっとすると

まだ、僕が煙りを吸ってなかった

幼い頃に経験してた

懐かしい感覚かもしれんが

全てが意味のあるものに見えて来て

なんか綺麗なんだ。まわりが。

活き活きしてる。

浮いている。

それが楽しい。

周期的にやってくる

煙り中毒をこらえた先に

「解脱」

を体感出来るのが

なかなか良いじゃないか。

それでも

中毒がおそいかいかって来る時

僕は

アピアで知り合った

古澤君の言葉を思い出し

それを実行するのさ。

「空気がタバコ。へ、へ、へ。」

全部、肺にはいれ〜

ぐらいの気持ちで

思いっきり空気を吸って

それでも

中毒が勝る時は

指2本立てて

思いっきり

タバコ吸うポーズをとる。

「なんてうまいんだ。」

そこで

「解脱」出来ればいいのだが

まだ

出来ない時

もしくは

体がもっともっと

崇高な「解脱」の世界を

要求してる時がある。

そんな時

僕は

「ま〜今回は煙りちゃんでも吸ってあげようか〜」



セブンスターの箱をポンポンと叩いて

葉っぱちゃん出て来て

指2本で唇持ってって

ライターの火をつけて

いつものパターンに戻って

続けて

2、3本

ほら

もういっちょ

なんて日々が

続いてる。





2004年03月05日(金)

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