すべてのNANAたちへ �次 楚祐屬論犬泙譴覆�らにして愚鈍である〜 - 2004年09月20日(月) 人間はイージーな方向に流れてゆく生物だ。 でなければ産業革命もIT革命もおこらなかったろうし、 身体性を失った愚鈍な動物にもならなかったろう。 まあ、それのすべてが悪いことだとは思わないが。 昨日、女の子2人と家の近所で酒を飲んでいた。 1人は前からの知り合いで、もう一人はその日はじめて会った子だった。 初対面のその子は23歳で、六本木のキャバクラで働いている。 いわゆる美人だ。 そして今、微妙な関係の男性がいるという。 歓談の途中、彼女に「30代の男とは一体どういうものか?」と質問された。 ああ、付き合っている、もとい、その微妙な関係の男は30代なんだな、 何か問題があって、だから「微妙」なんだな、と思った。 僕は素直に、30代になってから子供に戻ってきたよ。 ある意味、前よりも純粋に、わかりやすくなってきてると思う、と応えた。 彼女は「ふーん…」という納得したようなしてないような顔をしていた。 微妙な関係の男はキャバクラの客だったという。 彼女は客とは絶対寝ない、というのが信条だったらしい。 ところが彼が週に2〜3回のペースで店に来るようになり、 アフターを繰り返すうちにそういう関係になったという。 彼には妻と子供がいた。 妻とは別居中で、子供は基本的に彼が引き取っているらしい。 2人は今、週に2、3回は会っているという。 会うのは彼女が仕事が終わった後で、ほぼ終電がない時間。 それから朝まで、というのが2人の基本コースだという。 「その間、子供はどうしてるの?」と尋ねると、 「1人だと思う。なんかね、そういうことを知るのが怖くて、 奥さんのことや子供のことは話さないようにしてる」 その気持ちもわからなくはない、が。 で、もし、彼が奥さんと別れて君と真面目に付き合う、 と言い出したらどうする? 「たぶん別れる。というか、その前に別れると思う。 もう長くはないと思うんだ」 深夜、いま自分が1人なのだということに気づくと、 自分は核戦争後の地球で生き残った、 たった1人の人間なのではないか、そんな気分になる。 だからテレビを点けてみたり、ネットにアクセスしたり、 近くの喫茶店に行って他の誰かがいることを確認したりするのだが、 そんなとき、やはり人間は1人でいるのが怖くてどうしようもない、 弱い生き物なのだな、と思う。 SEXは、自分が一人ではないことを一番簡単に認識できる方法だ。 「まだ自分はイケてる」という感覚を即効性のある形で得られるから。 そこに愛があってもなくても、他人のものであっても、 微妙な関係であっても、それはどうでもいい話だ。 ただ、自分がそこにいることの証を、 誰かがいることによって認識できればいい。 そこに大した意味などあるわけがない。 ただ彼と彼女が不幸なのは、 テメーらが粘膜を擦りあう度に、 一人の子供が犠牲になっている、 という現実を忘れていることだ。 あー、ウンコして寝よ。 ...
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