窓のそと(Diary by 久野那美)
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「こころという名の贈り物」という本(ドナ・ウイリアムズという高機能自閉症の女性の自伝)の中で。彼女が恋人からプレゼントされたクリスタルの置物を突き返すシーンがあった。 「クリスタルは何かを発見するためのものよ。自分のものにするのではなくて。」
なんだか気になる台詞だった。 …ましてや、相手から愛情の確認のために「贈られるものではなかったんだろう。 彼女にとって、それはいつも自分の外側においておかないといけないものだったのだ。 自分を確認しながら、外側の世界と接するための道具なのだ。
「綺麗なだけで何の役にも立たないもの」にしかできないことがあるような気がする。 「何の役にも立たないもの」が無力なのは「何か」の内側に対してだ。 内側に対して完全に無力なものだけが、外側に対して働きかけることができるときがある。
ドナのクリスタルのように。 「綺麗なだけで何の役にも立たないもの」がものすごく欲しくなるときがある。 そういうのを創れたらいいなあと思う。 思うけども難しい。 どうしても、ちょっとぐらいは役に立つように創ってしまう。 そんなつもりがなくても、ちょっとぐらいはまず何かの役に立ってしまう。
ものすごく難しいのでものすごく憧れる。 ものすごくものすごく憧れる。 一生憧れてるような気がする。
*ドナ・ウイリアムズの著作 1「自閉症だったわたしへ」 2「こころという名の贈り物」 3「ドナの結婚」
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