今日はいよいよメインの知覧研修。 知覧特攻隊平和記念館へ。。
会社の副社長が以前知覧を見学した際に、とても感動したということで、40歳以下の若手社員が研修に行かされることになった。 行く前に読むようにと一冊の本が配布された。 それが「ホタル帰る」。 私は結構何事にも感情移入しやすい質で、映画を見ても人一倍なくし、本でもそうだ(笑) でも、この本は泣けなかった。 すごく悔しかったから。 悲しいより悔しいの方が勝って泣けなかった。 「特攻隊」の母と呼ばれた鳥浜トメさんと、特攻隊員の方々とのことが書いてある本なのですが、この本を読んで私の「特攻隊」に対する見方が変わった。 酷い制度があったもんだ、って思う。 特攻隊を考えた人が同じ人間なんて考えたくなかった。 だって、「特攻隊」だよ。。 特攻したら死んじゃうんだよ。。 人の命をなんだと思ってるのよ。。
4時間近くじっくりと資料館を見た。 亡くなって行った方々の写真や手紙、遺族の方々の手紙。。 やっぱり泣けなかった。 くやしくて仕方なかった。 私より10歳も下の少年達が、国の為に、家族を守る為に死んで行く。 出撃前夜に怖くて怖くて泣いてる人も沢山いたらしい。 そりゃ怖いよね。。翌日には自分は死んでしまうんだから。。 それでも次の日にはボロボロの飛行機に乗り込み、笑顔で出撃して行く。 強いと、思った。 私には到底真似できない。
同時に鳥浜トメという人も強いと思った。 特攻隊員達を自分の子供同然にかわいがり、優しく接し、我侭を聞いてあげる。 「甘いものが食べたい」と言われれば自分の着物を売って砂糖を買い、お酒が飲みたいと言われれば、家財を売ってお酒をゆずってもらい。。 しかもそうやって自分の子供同然に可愛がっても、すぐに出撃してしまう。 見送りに行く時、きっと身を裂かれるような悲しみだったと思う。 私には想像もできないけど。 しかも終戦後、そういった特攻隊の話しはタブーとされ、全て焼却されてしまう。 トメさんは、その何もないところから平和資料館をたて、亡くなった方達の石碑を建てるまでに至った。 何十年という時間をかけて。 自分の一生をささげて。。
そして、私はトメさんの命の結晶とでも言うべき平和記念館を見て、特攻隊のことを知ることができた。 会社の研修がなかったらおそらく、知覧という地名さえも知らずに一生を終えていたと思う。 人生って不思議だなあってつくづく思う。
もし自分に子供が産まれたら、その子も連れてこようって思った。 そして日本の為に命をかけて戦った少年達のことを教えてあげたい。
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