華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2008年08月01日(金)

like a boy,like a spy. 〜iced coffee〜


男らしく。
女らしく。

雄雄しい。
女々しい。


よく考えてみれば、不思議な意味の言葉だと思う。


最近では、性同一性障害なる症名の元で、自らの性への違和感を告白する
有名人も増えてきた。

そしてマスコミを通じた世間へのアピールが、同じ苦しみを感じる人々への
強い共感と生きる勇気となっている。


誰しも幼少の頃から掛けられる、性別という名の呪縛。

しかも、何が男らしいのか、女らしいのか。
定義が難しい。


男女共同参画社会を謳う現在社会では、これらの言葉など抹殺されかねない。


しかし生来からの呪縛は、確実に人の心にくい込み、絞り上げる。
そして目に見えない形で、確実にその人間の生き様にめり込む。

もしかしたら、貴殿も「女」を殺しているだけなのかもしれない。
もしかしたら、貴女も「男」を殺しているだけなのかもしれない。

もしかしたら、俺も「女」を殺し、「男」に縛られているだけなのか。




立秋も過ぎた、まだ残暑も厳しい、雨の日。

映画の話で盛り上がり、意気投合したテレコミ嬢のアキと名乗る女と出会うため、
俺は名鉄セブンの前にある人形脇で待っていた。

昼下がりの時間、街は人と物の移動がますます激しさを増す。
この界隈はいつでも車が殺到し、激しい混雑を起こす。
ただでさえ高い、この日の不快指数を遠慮なく引き上げる。


 「あの、平良さん…もういますか?」


不意になった携帯電話を取ると、聞きなれた声が響く。
アキからだった。


「あぁ、居ますよ。アキちゃん、どこ?」
 「実は、もう居ます…分かりますか?」


俺は周囲を見回す。

ふと百貨店側を見たとき、携帯電話を握り締めていたアキがいた。


「アキちゃん?」
 「…はい」


目深に被った帽子のつばを上げると、つぶらな瞳で俺を見遣る。

スカジャンにジーンズの格好。
小柄で、黒髪のショートカット。
綺麗な肌だが、化粧っ気のない顔。
おまけに、より低く抑えた声にぶっきらぼうな話し方。

しかし、その少年は間違いなく「女」だった。


 「驚きました?こんなんで」

アキはこちらの心情を察したかのように、そう問いだす。



 「がっかりしたでしょ?」

喫茶店でアイスコーヒーを二つ注文した途端、俺にこう切り出す。


「どうしてさ」
 「もっと女の子っぽい娘の方が良かったでしょって事」


話す声は無理やり低く押し下げている印象だった。


「今日はアキちゃんが良いと思ってたよ」
 「どうして?」

「だって映画を観に来たんだから」 


間もなくテーブルにアイスコーヒーが二つ並べられる。
俺はいつもブラックのまま戴くのだが、アキもそのままストローに口付ける。


「ブラックで大丈夫なんだ?」
 「いつもこうだから」


アキはぶっきらぼうに返事した。





俺は一人暮らしを始めてから、ある映画シリーズを見ている。

女王陛下に忠誠を誓い、酒と女と危険をこよなく愛し、任務の為なら生命を賭ける
40年以上も続くスパイ映画「007」シリーズだ。

5代目になってからの新作はもちろん、旧作も時間の許す限りDVDで見ている。



難解な任務、数々の秘密兵器、絶世の美女とのベッドシーン、そして命がけの勝負…
男のあらゆる憧れを具現化し、活躍する主人公・ボンド。

決して絶世の美男ではないが、誰よりも洗練されて格好良い。
スクリーンに飲み込まれ、自分もいつしか主人公になれる。


間違いなく、「男が好む男の娯楽映画」だと思う。


しかしアキは女性ながら、そんな007の大ファンだという。


「やっぱり、ああいう男に惹かれるからかな?」
 「ううん、そういうわけじゃないです」

「じゃ、俳優のファンとか?」
 「…自分がああいう男になってみたいって感じかな?」

「珍しいねぇ、女性ならああいう男なら勘弁って感じだろうけど」


テレコミで映画の話で盛り上がる事は、実は珍しかった。
女を口説く場面で、スパイ映画を持ち出す事も少ないだろう。
しかし、アキは言葉を選びながらも、その魅力を自分の言葉で語りだした。

女性にしては低い声で、朴訥とした口調で映画の魅力を切々と語る。
しかし、決して女らしくない…という訳ではない。

こういう女性には、付け入る隙が生まれやすい。
そう推理した俺は、何度目かの通話の際に、こう切り出した。


「そういえば今度、007の最新作やるじゃない?見に行こうよ」
 「え、いいの?やった〜っ」

「…いいの?」
 「私、一緒に見に行ってくれる人がいなかったから丁度良かった」


多少は戸惑われると感じた俺は、ちょっぴり拍子抜けしたが、
アキとのデートは無事約束できた。



アイスコーヒーを飲み干し、グラスの氷が音を立てる。
香ばしい苦味が、爽やかに口の中に広がる。


「思ってたより、女の子だなって感じたな」
 「嘘…どこがですか?」

よほど意外だったのか、顔を上げて食いついてくる。


「肌だよ、すごく綺麗だ」


どんなに男っぽく振舞っていても、隠し切れないものがある。

男にはない、肌理(きめ)の細かい頬の肌質。
間違いなく、女性ホルモンの成せる業だ。


 「そうなんだ…嫌だなぁ」
「どうして?女の子は肌の綺麗さは大事だぜ」

 「…嫌なんです。女って事が」


アキは22歳の学生だと言っていたが、「本当は27歳の会社員です」
OLって事かと聞くと、「その言葉、大嫌いなんで」
彼氏はいないの?とふると「…いない、ですね」
可愛いのに、作らないのぉ?と続けると「私、可愛くないですから」


終始俯き加減で、低い声で呟く様に話す。
ただ話すのが嫌々ではなさそうだ。
何か…自分の中の「何か」を抑え込んでいるように受け取れる。

今までの女との出逢いから、「抑圧された女としての自我の解放」が
何よりもドラマティックなのだと知る俺は、会話からその糸口を探る。



「ところでさ、今度の敵って、マスコミ王なんだってね」
 「…そう、今までに無かった展開ですよね!」

「やっぱり、もうネタが尽きてきたのかな?」
 「元々原作が冷戦時代からのだし、明確な敵が作りにくい時代だからね」


話を今日の映画の話題に替えると、途端に顔を挙げて明るく話し出す。
007シリーズが本当に好きなようだ。


「じゃ、彼氏はボンドみたいな人がいいの?」
 「…」


しばし考えた後、こう返事した。


「自分がボンドになりたい、って感じですかね」


意外な言葉を聞き、俺はアキを攻略するポイントを得た気がした。


映画の入場時間になり、俺はチケットを2枚購入して中へ入った。
指定された席に座り、しばし時間を過ごす。

目の前には、ふざけていちゃつく若いカップルがいる。


「良いねぇ、若い人たちは」
 「私じゃ、そんな気になれないでしょ?残念ですね」

「何言ってるの?俺はすごく魅力的だと思ってるよ」
 「…え?」

「女の子としてみてるって事さ。何なら今からでも抱けるよ」
 「…何、言ってるんですか?」


俺の左に座るアキの右手を強めに握った。

アキは、はっと息を飲むと、その手を振りほどこうとした。

その反応に俺は、ある確信を得た。



場内が暗くなり、まず予告編が次々と流れる。

そして、おなじみのガンバレル・シークエンスの後、本編。


軍事機器を扱うテロ組織の闇取引を危機一髪で壊滅する主人公の活躍。
いきなりクライマックスの展開から、主題歌。

アキは垂涎の眼差しでスクリーンを見つめている。

その後、ありとあらゆる男の世界を繰り広げて、2時間強が終わった。
映画館を出た後、すっかり日が暮れた街に繰り出した。













<次号へ続く…今回は4話構成です>




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